第16話
手を引かれ導かれるままに、マリアベルは城内に入って、よくわからないままに廊下から回廊へ抜け移動した。
はじめはただひたすら慌てていた。お城のなかに入ってしまった。いいのだろうか。それに、いったいどこへ向かっているのだろうと。けれど気付いたら、そんなことは、頭から抜け落ちていた。マリアベルはあっけにとられた。この城は、目に見えるものすべてが珍しく―――驚きにあふれていて、そしてうつくしかった。
ある時は柘榴石色の敷き物、ある時は白いタイルが敷き詰められた床。
高い高い天井。
壁に飾られている、銀でつくられた繊細な燭台。
大きな採光玻璃の窓。
白石の欄干越しに見える、噴水と四阿のある庭。
それは、ひどく現実味のない空間だった。ひとがいない。誰とも出会わない。シオンとマリアベルの足音だけが、高い天井に響いた。――――夢を、見ているのではないか。そんなことすら、考えた。どうして誰もいないのだろう。もしかして、城のどこかに、迷い込んだ?
「シオンさま、ここは」
「ちょっと待って。もうすこしで、着くから」
彼はそう言って、さらに奥、城の内部へと足を踏み入れてゆく。回廊の角を曲がる。建物のなかに入る。廊下を曲がる。そこに。扉が、あった。木製の、きれいにみがかれた扉だ。
「着いた! ここだよ、マリアベル」
シオンはマリアベルを振り返り、満面の笑みを見せて、扉を開ける。彼は、一歩踏み入れる。
「入って。―――あれ? 誰もいない」
ぱちぱちと、まばまきをする蒼の眼。シオンはちょっと頭を傾けて、あれ、とつぶやいた。
それからもう一度、マリアベルを振り返る。
「マリアベル、この部屋で待っていて。みんなを探してくるね」
言うなり、マリアベルが止める間もなく、彼は部屋から飛び出していってしまう。
残されたマリアベルは、呆然とした。待っていて、とは言われたものの………見知らぬこの部屋で? いったいどうすればいいのか分からない。そもそも、このなかに入ってもいいのだろうか?
ちょっと悩んだが、結局はなかに入ることにした。いつまでも廊下に立っているのも不審に思われるだろうとの判断である。
一歩そこに入り込んだ途端、視界はきらきらした世界へがらりと切り替わる。目の前に星が散ったのかと、一瞬、錯覚したほどに。それは、あまりに鮮やかな世界。わぁ、と無意識のうちにつぶやいている。
周囲を、見渡す。部屋自体の広さはそこまで異様に広くないが、それを補ってあまりあるほど、内装はきらびやかだった。床には赤と金の絨毯が敷かれている。対になったデザインの長椅子とスツール、ちいさな丸テーブル。壁際には、アンティークらしい飾り棚。ていねいに手入れのされている、白いレース編みの布が掛けられた木製のチェスト。隅に置かれた藤籠のなかには、何に使うのかオレンジ色の毛布が入っている。
マリアベルは周りを眺めながら、ゆっくりと部屋を一周した。これが、王城の―――王宮の部屋。
「……すごい」
窓には、継ぎ目も気泡も入っていない、大きな一枚のガラスがはめ込まれている。窓ガラスは、マリアベルが王都に来てはじめて見たもののひとつだった。それはひどく高価だが壊れやすいため、実用としてより装飾の意味合いの方がつよいのだという。けれど、アルフォード公爵家の屋敷もそうだったが、この王宮にも、窓という窓にガラスが惜しげもなくはめ込まれていた。
「きれい…」
触れてみたい、と思わせるほど、それは透き通ってうつくしい。部屋に差し込む光にきらきらと、虹色に輝くそれは、まるで宝石のようだ。ひんやりと冷たそうな、氷を思わせるガラスに、思わずマリアベルは手を伸ばした。
その時。
「――――――どなたかしら?」
唐突に、背後から声がした。はっとマリアベルは振り返った。
そこには、知らない少女がひとり、立っていた。