第15話
急ぎ屋敷の使用人を呼び、手を借りて着替えを―――あの深紅の、ベルベットのドレスに―――済ませたあと、マリアベルは案内されて部屋を出た。
たいして歩かないうちに、扉の開かれている部屋に着く。
いる。こちらから声を掛ける前に、向こうがマリアベルに気付いた。
「マリアベル!」
部屋のなかでシオンが、弾かれたように長椅子から立ち上がり駆け寄ってくる。はっとマリアベルが身構える隙もなく、抱き着く。それから、あらためてシオンはマリアベルを見た。
「よかった。ドレス、似合っているね」
「え。この、ドレスは?」
「つくらせたんだ。屋敷で一番腕のいい職人に」
さらりと何でもないように言って、彼は。その美しさを惜しうこともせずに笑う。
「マリアベル、ルーシュに会いに行こう。お呼ばれしたんだ」
「レイトアルシュさまから、ですか」
「うん。もう馬車は呼んであるよ」
シオンはからだを離すと、当たり前のようにマリアベルに手を差し出す。ちょっとためらって、マリアベルはその手をとった。
「行こう」
シオンは言った。マリアベルはうなずいた。
馬車の窓から見えるのは、どこまでも続く高い壁だけだった。
「シオンさま、この塀は、お城の壁ですか」
「ううん、お城はもうちょっと向こうだよ。これはエディのお屋敷」
「エディ?」
「ルーシュの弟だよ」
「?」
ということは、レイトアルシュの屋敷はここではないらしい。しかし、シオンの言い方からすると、レイトアルシュは弟と一緒に住んでいないのだろうか? 家族なのに。それとも王都ではそれが普通なのだろうか。
「―――まぶしくなるから、閉めるね」
シオンは腰を浮かせて、窓掛けを引いた。まぶしくなる、と言ったのは、シオンの銀の髪に反射する光が、正面に座ったマリアベルにはまぶしいだろうということだ。
「あとちょっとで着くよ。楽しみだなぁ。マリアベルに、レイを紹介したいな」
「?」
また知らない人名が出てきた。が、聞き覚えがある。以前彼は、レイトアルシュのことを『レイのお兄さん』と呼んでいた。
「たしか………アルディーンさまの、弟君の?」
「うん」
「レイトアルシュさまのお屋敷にいらっしゃるのですか?」
レイトアルシュとアルディーンは友人同士と聞いていたが、家族ぐるみで付き合いがあるのだろうか。マリアベルはそう思った。けれど。
「違うよ」
シオンは言った。
「違う?」
「レイトアルシュのお屋敷じゃなくて―――」
シオンがそう言いかけた、その時。
馬車が、止まった。
とんとん、と外から扉がたたかれる。シオンが顔を上げる。
「着いた。マリアベル、行こう!」
扉が開く。差し込んできた光が彼の髪に弾かれてまぶしくて、マリアベルは目を細めた。シオンに手を引かれ、ゆっくりと外に出る。――――――途端。
視界いっぱいに、"それ"は現れた。
「えっ」
そんな声をもらし、マリアベルはかたまってしまった。
「お――――、お城――」
そう。城だ。それは分かる。
しかし。これは――――なんて、大きいのだろう。見上げると、まるで天を覆い尽くすかのように思えるほどに。
「シオンさま……。これ、が」
「王城だよ」
何でもないように、彼は言う。そして、いまだに驚きから抜け出せないでいるマリアベルの手をひっぱる。
「行こう! みんながいるよ!」
駆け出した勢いに連れられ、マリアベルも走り出す。上等のドレスの裾が乱れるのも構わずに。
そんなふたりを、見届ける者は誰もいなかった。