第13話
シオンの言葉を聞いてマリアベルは驚いた。この、信じられないくらい大きな屋敷がアルディーンの屋敷なのだという。厳密に言うと、彼の家の屋敷だが。そしてアルディーンの本名をシオンから聞いたときは、もうすこしのところで声をあげそうになるほど驚いた。
アルディーンの正式な名は、アルディーン=フォーンエルデン=アルフォード―――アルフォードといえば、マリの故郷を含むウェーン地方一帯を治める大領主で、公爵家の爵位を持つ家柄だ。アルディーンは公爵の長男ということだから、マリアベルにとっては領主の令息ということになる。
そんなアルフォード公爵家の王都邸に、マリアベルたちは―――リリエラとリチャードも一緒に泊めてもらうことになった。シオンとレイトアルシュ青年は、一旦自身の屋敷に戻るらしい。彼らもまた王都に屋敷を持つほどの貴族の出なのだ。
ああやっぱり、彼らは別世界の人間なのだな、と。そんなことをふと、マリアベルは、思った。
用意された部屋を見て、マリアベルは自分の想像力の貧しさを思い知らされた。広い―――としか言い様のない、部屋。これは本当に部屋なのだろうか。広間などではなく?
木目の艶やかなキャビネットがあって、長椅子、テーブル、窓際に置かれた書き物用のちいさな机。部屋があまりに広くてスペースがあいているため、殺風景にすら見える。どう考えても、ひとりで使う部屋とは思えない。けれど、公爵家ともなればこのくらいが普通なのだろうか? しかもこの部屋には、続きの部屋が幾つもあった。扉を開けると、ちいさな―――といってもリールの城の客間くらいはある―――家具のいっさいない部屋。その奥に、おそらく身支度用の部屋。そしてそのさらに奥には、寝室があった。この寝室も、やけに広い。先ほどの、一番最初に入った部屋の半分ほどはある。白レースの天蓋つきの寝台は、大人が手足を伸ばしても三人は余裕で横になれそうなほどの広さがあって―――それだけでも目眩がしてくるのに、その寝台の上には、きれいに畳まれて白い服が置かれている。マリアベルは近寄って、それに触れてみた。広げてみると、それは見たこともないくらい上質な絹でつくられた部屋着だと分かる。
「――――」
まるで、遠い異国に迷い込んだみたいだ。今まで自分が暮らしてきたこの国に、こんな世界があったなんて。それは―――年頃の少女なら一度は夢見たことがある、お姫さまの住むような世界。
けれど。
だからこそ、マリアベルはこの世界、この部屋に不釣り合いだ。場違いだ。もちろん、小城主の娘が住んでいる世界と、公爵家のそれを比べるわけにはいかない。そう。所詮、違う"世界"の人間なのだから。
昼間の、シオンの笑顔を思い出す。彼はこちら側の世界の人間。そう、この部屋に、なんの抵抗もなく馴染めるひと。だが、マリアベルはそうではない。そんなことは誰の目にも明らかだ。―――だけど。気付けば、マリアベルは震えていた。手にしたままだった部屋着を元に置き戻そうとしたが、うまく畳めずぐしゃぐしゃにしてしまう。―――マリアベルはシオンとともに、王都に来た。それで終わり。あとは、アルディーン青年とレイトアルシュ青年、彼らが何とかしてくれる。それでマリアベルは、リールの城に戻れる。それから先、シオンとその人生が交わることは、ない。
本当に?
「……これで、終わるの?」
本当に? これで、終わるの?
シオンのことはどうにかすると、そのわがままもあきらめさせると、アルディーンとレイトアルシュはそう言った。
けれど。
その可能性を、はじめてマリアベルは考えた。
―――これで終わらなかったら、どうするの?
「これで、終わらなかったら……」
つぶやいて、その恐ろしさに今さら気付く。
これで、終わらなかったら。
「……わたしは、どうなるの――――?」