第3話 二ヶ月間のお片付け~異世界転生、承ります~
転生屋、と呼び習わされる業種がある。
異世界転生斡旋業、かつサービス業。要は、異世界転生を望む顧客に適切な異世界を紹介、転生または転移を実行し、異世界での生活が波に乗るまで陰に日向にフォローをする、そうした仕事内容だ。
フォロー期間は契約次第。数年を超すこともあるが、だいたい数ヶ月から一年弱だ。
これは、ある転生者の物語。
その人物は、ある事情から新天地を欲した。
異世界転生屋〈旅空企画〉は適切な世界を選定して彼の望むような暮らしが送れる環境を用意し、彼を連れた。
彼の名は――。
「アオイー!」
「きゃー! ソーイー! かっこいいー!」
蒼維。
ファンにはソーイとも呼ばれる、人気急上昇中の男性アーティスト。
美しいと言われる外見もさることながら、圧倒的な歌唱力とパフォーマンス力で主には年若い女性たちからの強い支持を受け、デビュー曲からおよそ一年で世間に知られるようになった彼は、実は異世界転生者である。
「すごいですね、ソーイさん。いつの間にか大人気で」
「ああ、雪朗さん。きてくれたんですか」
楽屋に戻った蒼維は、室内にいた人物を認めると嬉しそうに言った。
「おかげさまで、うまいこと行ってます。『異世界で吟遊詩人のように歌って暮らしたい』という望みがこうなるとは思いませんでしたけれど」
「元の世界を思い出さないような生活がしたいとのご希望で、こうしただいぶ違う世界に」
「大満足ですよ」
苦情を言っているわけじゃない、と蒼維はファンたちが気絶しそうな魅力的な笑みを見せた。
「故郷では役目として歌も踊りもやっていましたが、こうして楽しめることはなかった。好きなことができるというのは本当に素晴らしい」
「何よりです」
セツロはソーイの転生請負人だ。通称「添乗員」。ソーイのためにここを選んだのは彼だが、成功したのはソーイの実力である。
「僕らのフォローももう要らないですね」
「えっ、今日でおしまいですか?」
「いやいや、契約は残ってますのでまだ滞在は続けますし、転移に関する不具合があれば飛んできます。ただ、おそらくあとは最後にご挨拶するくらいになるかと」
「そうですか……寂しいですけれど、そういうお約束でしたね」
息を吐いて蒼維は目を伏せた。女性ファンたちなら「色気がある」なんて言ってはしゃぐところだが、セツロも寂しそうにうなずくだけだ。
「契約はソーイさんの世界の暦で数えたものですから、ここの一年より少し長い。こちらでは」
セツロは指折り数えた。
「11月15日が最終日に当たりますね」
「15日……握手会の日だ」
蒼維ははっとすると壁のカレンダーを見、顔をしかめた。
「何とか時間を作りたいですが、難しいかな」
「あ、チケット当選しましたんで、当日伺います」
セツロは片手を挙げてにこっとした。
「僕が一枠使っちゃうのもファンのみなさんに申し訳ないですけど、最初で最後だからお許しいただきましょう」
そんな呑気な会話をしていたのは、一ヶ月ほど前のことだった。
まだセツロは知らなかったのだ。彼らが巻き込まれる騒動のことを。
それは突然の事故だった。
握手会の列に並ぶファンたちの前に蒼維がやってきた。開始時刻にはまだあったが、ファンサービスの一環だろう。
彼はセツロの姿を見つけて近寄ってきた。セツロはファンたちの間でも何となく存在を知られており、「デビュー前から蒼維を支えてきた古参ファン」であると思われている。正確には「そう思われるようにしてある」。それなら蒼維がこうした行動を取るのも不審ではないし、過剰に親しげでさえなければ本物のファンたちの反感も買わない。
だからセツロは「古くからのファン」として蒼維に手を振り、特殊な道具を使って、ふたりだけに聞こえるよう話をした。
「本当にありがとう、雪朗さん。帰られてしまうのはすごく寂しい。もし別のお仕事でくることがあったら、是非ぼくを訪ねてください」
「ええ、そのときは必ず」
セツロは社交辞令ではなく心からそう言って、それから笑った。
「せっかく並んでるんですから、あとでまた話しましょう。お別れはそのときに」
「はは、そうですね。ここでさよならしたら握手のときに」
話すことがなくなってしまいますね、というようなことを蒼維は言おうとしたのだろう。
だがその言葉が発されることはなかった。
ガコン、と大きな異音が聞こえたかと思うと、セツロの目の前に何かが落ちてきた。風と衝撃がきた。それから、血の。
「何!?」
「天井の照明が――」
「アオイ! アオイー!」
「う、嘘でしょ、ソーイくんが!!」
「駄目です! 近寄らないで! ロープから出ないでください!」
「医者を……救急車を!!」
天井から数十キロはあろうかという重量物が落下して、蒼維を押し潰した。
その怖ろしい出来事をセツロは一瞬で理解した。
「――班長! ナルダン班長! 緊急事態です!」
『モニターしてた。無事か?』
すぐに通信が返ってくる。
「ソーイさんが死亡しました」
『お前に怪我は?』
ナルダン班長、セツロの所属するグループのリーダーは繰り返し問うた。
「僕は大丈夫です」
『事故か? 何者かの作為は?』
「わかりません。でも、天井から照明を落として狙うのは難しいでしょう」
『その世界の人間なら、な』
「どういうことです? ほかにも転生者が? いや、だからってソーイさんを狙う理由があるんですか?」
『そこは調査するところだ。とにかくこっちに引き上げてこい。話をしよう』
転生屋〈旅空企画〉の社屋に転移エレベーターを使って帰社したセツロは酷い顔色だっで、ナルダン班長は彼に食事と休息を指示した。その間にいくつか調べておくから、と。
セツロは指示通りにしたが、眠る気持ちにはなれず、意を決してモニタールームへ足を運んだ。
「戻ったか」
班長ナルダンはセツロの姿を認めると、その顔色を確認するかのようにじっと見て、ひとつうなずいた。
「どうやらソーイさんが狙われたのは間違いない。少し前に、かすかだが奇妙な波動が映っている」
ここだ、と班長はグラフの一部を示した。
「だが問題はこれからだ。映像を見てくれ」
「……え」
ぱっと移り変わった映像に、セツロは目をしばたたいた。
「ソーイさん! 無事だったんですか!?」
「そうだったとも言えるし、わからないとも言える」
オペレーターのリェリェが肩をすくめる。
「ここを見て」
「ん? カレンダーが、9月?」
「二ヶ月めくり忘れてるわけじゃなくてね」
モニターが別の場所を写した。
「ん……?」
何か違和感がある。一瞬首をひねってから、彼ははっとした。
「歩いている人がみんな薄着だ。夏の出で立ちだな、まるでまだ暑い時期みたいな……」
「当たり」
リェリェは淡々と言った。
「この地域って、9月ってまだ暑いんでしょ」
「いや、11月だよ。握手会の日は11月15日」
「知ってる。でもいま見えてるのは9月15日」
「じゃ……時間が戻ってる? 何で?」
「世界」というものは数え切れないほど存在する。なかには特殊能力者が誕生して時間移動をこなすような世界もあるが、セツロがソーイに選んだ世界にはそんな仕組みはなかったはずだ。
「覚えてる? 古くさい、時間遡行装置」
「え」
「あれが稼働した。ごく限られた条件でしか許されないはずの遡行が発生したってこと」
時間遡行装置。それは〈旅空企画〉の社屋に古くからある特殊な機械だ。文字通り時間を戻すことを可能にするが、簡単には使えない。これは「扱いが難しい」とか「許可が下りない」という意味ではなく、稼働する条件がはっきりしないのだ。
彼らは冗談半分でこれを「神の手」などと言う。
神が許したときだけ稼働する、というわけだ。
「じゃあ、救えるのか? ソーイさんを」
「やりようはある」
班長がうなずいた。
「セツロ、お前、ソーイさんの身上調査ってやったか?」
「え、そりゃやりましたよ、犯罪者が逃亡するのを手伝うわけにいきませんし」
顧客は一通りの調査をされる。主には異世界への逃亡を防ぐためだ。これは転生屋の協定にも入っている。
「ソーイ・ソリュタス。二十二歳。主要国の首都郊外に暮らしていた、神職の二男。幼い頃から神への奉納としての舞や歌を叩き込まれており才を発揮したが、神ではなく人々を喜ばせたいとして転移を希望。未婚。もちろん犯罪歴はなし」
記憶している依頼人の大まかな経歴をセツロが語れば、ナルダンは両腕を組んだ。
「トラブルの種はなかったと」
「そう見えましたが……」
セツロは不安になってきた。ナルダン班長は何を?
「だが転移先でソーイさんを狙ったのは、元の世界から彼を追ってきた人物だ」
「馬鹿な!」
思わずセツロは叫んだ。
「あの世界では転生斡旋業なんて知られてない。ソーイさんと出会ったのはたまたまです。そもそも転移先のデータはうちにしかないでしょう。もちろんうちからはソーイさん以外、あちらへの転移者はいない」
「データは秘匿されてるが、トレースしようと思えばやりようはある。協定には反するが、近頃は無資格の転生屋もいるしな」
「じゃあどういう理由であれ、わざわざソーイさんを追いかけてまで殺そうとした人物が……? 何が起きてるんです、いったい」
「跡目争い」
「は?」
セツロはぽかんとし、ナルダンは苦虫をかみつぶしたような顔をする。




