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第2話 推しを救うためのループ (2)


 は?――と、架凛の友人である真穂はぽかんと口を開けた。


「だから、教えてほしいの。ループものってやつ。真穂、そういうの好きだよね?」

「まあ、好きだけど」

「私もちょっとは知ってるけど詳しくないからさ」

「待って待って。教えてったって、何を? オススメの作品とか? でもそんなの、わざわざ呼び出さなくたっていいよね?」


 水原真穂は中学時代からの友だちだ。高校も一緒、大学は別で仕事もジャンルが違うが、ずっとウマが合っていまでもときどき食事をする間柄。最近は蒼維の話もよくしていた。真穂の守備範囲は「二次元」の方でアイドルに興味を持っていないが、お互いの推しの話をするのは楽しいものなのだ。


「オススメって言うか……知りたいのは傾向と対策」

「傾向と対策?」

「えっと、ループものって主人公が何か問題を解決するためにループするわけでしょ」

「まあ、それはそう」

「スパンは? 何日ごとくらいでループするの?」

「それは、まあ、作品次第?」

「傾向は?」

「うーん、あんまり考えたことないけど、一日とか一週間とかじゃないかなあ」

「二ヶ月は?」

「具体的だね。まあ、探せばあると思うけど」

「そうじゃなくてさ」


 真穂が困惑しているのが架凛にもわかったが、「実は私ループしてるかもしれない」とか言い出して信じてもらえるとはさすがに思わなかった。


「二ヶ月だったらループじゃなくてリープってこともあるかもね」

「うん?」


 真穂の言葉に架凛は首をかしげる。


「タイムループは何度も繰り返すやつ。タイムリープは、時間を遡ったり、未来に行ったりするやつ」

「そ、それじゃ……戻るのは一回だけ?」

「それも作品次第かなあ。回数制限がある、みたいなのもよく見るよ」

「回数制限? 何回できるかは、どうやってわかるの?」

「作品次第」


 苦笑して、真穂は言う。


「たとえばその力を超常的な存在からもらって、そのときに回数を教わるとか。シンプルに、手の甲に書いてあるとか」


 ここで思わず架凛は両手を見たが、幸か不幸か数字は書かれていない。


「あとは、やっていく過程で判明するパターンもあるかな。使い放題だと思ってたらあと三回でした、みたいな」

「じゃあ……常に最後だと思った方がいい、ってことだね」

「まあそうかもね。……どしたの? 架凛ちゃん、リープなりループなりしてるの?」


 ぱちぱちと瞬きをしながら真穂は問うが、もちろんこれは「えっ、架凛ちゃんは本当に時間を超える力を身につけたの!?」ではなく、ただの軽口だ。架凛は曖昧に笑うにとどめる。


「事故を防ぐみたいな話はある?」

「そりゃ、あるんじゃないかな。いっぱいあるもん、ループもの」

「どうやって防ぐ?」

「作品次第……」


 真穂は何も悪くないのだが、同じ返答を繰り返すことになるせいか、少し申し訳なさそうな表情を見せていた。


「正攻法はたいてい、うまくいかないのね。たとえば、交通事故を防ぐため、該当の相手を外に出さないようにする。でも何かの折に一瞬だけ出て、やっぱり事故に遭う。海で溺れるのを防ぐため、やっぱり出かけさせないようにする。でもお風呂で溺れてしまう」

「で、でも最終的にはみんな解決してるよね!?」


 架凛は声が震えそうになるのをこらえた。


「それは、まあ、たいていはそう。解決しないループものなんて登場人物も読者も幸せにならないので……あ、でもビターエンドはあるかな」

「え、どういうの?」

「えっと、目的は果たして問題は解決されるんだけど、主人公は力の使いすぎでどうにかなっちゃう、みたいな」

「し……死んじゃう?」


 架凛は少しおののきながら尋ねた。


「そういうのもあると思う。私が見たことあるのは記憶を失う系。主人公の記憶がなくなるパターンと、みんなが主人公のこと忘れちゃうパターン」


 どっちも好きな作品でね、などと真穂は説明し、それからじっと架凛を見た。


「……本当にどうしたの、架凛ちゃん。やっぱり本当に、ループでもしてるの?」


 先ほどよりは真剣な問いだった。だが信じてもらえる自信は、架凛にはない。ここ二ヶ月、いや、これから二ヶ月のニュースについて「予言」してもいいが、そんなに大きな出来事はなかったし、確認してもらうのにも時間がかかる。もう少し日常的な出来事を言い当てられればよいが、生憎とこの二ヶ月、架凛は真穂と会っていなかった。真穂の近況や未来をズバリ言い当てるような真似もできない。


「うーん、まあ、ループはともかく」


 答えない架凛をどう思ったか、真穂は頭をかいた。


「言えることがあったら言ってよ。言えるようになったら、でいいから」

「……うん。ごめん。ありがとう」


 架凛は少しうつむいて、そう言うしかなかった。


 二ヶ月。日々を送るにはまあまあ長い。だが、蒼維を救うための準備期間だと思えばのんびりなどしていられない。


 まずは、会場となったホールへの連絡。整備はどうなっているのか、メンテナンスはしているのか、総点検するべきだ、特に天井を――というような「ご意見」を送る。「二ヶ月後に天井から照明が落ちます」などと言っても相手にしてもらえるわけはないからだ。

 それから、蒼維の事務所。ここに何かしてもらうのはかなり難しいだろう。一ファンが何を言ったって戯言だ。握手会の中止だの会場や日時変更だのを提案したってホール以上に相手にしてもらえないに決まっている。

 だがやるだけやってみるしかない。蒼維へのファンレターにもそうしたことを綴ってみよう。あの会場は古くてよくない、というようなことを何度も書いてみよう。


 そうした実際的な手段を考える架凛の頭に、真穂の言葉が浮かぶ。

『正攻法はたいてい、うまくいかないのね』

 しかし、ほかにできることが思いつかなかった。

 握手会には同じように当選していたし、最悪、現地で騒いで蒼維を危険な場所に近づけさせないとかそうしたこともできるかもしれないが、それでは一発勝負すぎる。事前にできることがあるはずだ。もっと、あちこちに働きかけて。もっと、いろいろなことを。


 胃の痛くなるような日々が過ぎていった。

 実際、架凛の体調はかなり悪化していた。

 ろくに寝ないし、食べないし、他人から見れば怪文書としか思えないものを綴り続けていた。

 メールで。手紙で。SNSで。


「握手会……ついに明日、か……」


 日付を確認しようとした彼女の手から、スマホが落ちた。


「あれ……」


 力が入らない。目がかすむ。


「まずい……かも……」


 意識が遠ざかる。

 架凛はそのまま、目を回した。


 目覚めれば床の上でスマホが震えている。

 ニュースのアプリが、男性アイドルの事故死を伝えていた。


「なん……」


 なんで。


 どうしても何もない。架凛は失敗したのだ。各所にまっとうに訴えかけたことは何の意味もなかった。ホールの総点検はされなかったし、事務所は何度も送られる彼女の手紙を読もうともしなくなった。怪文書のファンレターはマネージャーのところで止まって蒼維には届けられなかったし、SNSでは「歴史あるホールを誹謗中傷し続けるヤバいアカウント」くらいにしか思われていなかった。


 せめて会場に行っていれば、どうだったろうか。

 わからない。蒼維を突き飛ばして彼を守るようなことができただろうか。

 簡単に警備員に取り押さえられたかもしれないけれど、蒼維の居場所を少し変えることさえできれば――。


「そうだ!」


 彼女は叫んで起き上がった。

 ぱっとスマホを見る。9月15日。


「一回じゃなかった! 少なくともまだ行けるよ、真穂!」


 ベッドから飛び降りようとしたが、昨日、それとも二ヶ月後に架凛を襲っていた疲労感は消えていない。健康を取り戻す必要があるだろう。架凛は唇をかみしめた。


「でも、まだチャンスはある」


 彼女は両手を握りしめた。


「私、馬鹿なことしてた。聞いてもらえない戯言は繰り返したって聞いてもらえない。そんなことより、やっぱり直接的な手段がいいに決まってる」


 飛び出すのだ、蒼維の前に。彼女は捕まるだろうが、蒼維も遠ざけられるだろう。照明の落下地点にいなければいい。


(必要なのは、瞬発力)


 待機列を囲っているロープをくぐり、蒼維のもとへ駆けつける。ある程度以上は近くまで行かなければ、蒼維はその場から動かないに違いない。接近する必要がある。


(前回倒れたのも、体力がなかったから。いまもまだ疲労がすごい。この二ヶ月はきちんと健康に過ごし、適切な運動もしよう!)


 二ヶ月の準備期間にやるべきはきちんとした休息からの体力作りと、飛び出すタイミングを計ること。架凛はその訓練に終始することにした。


 そうして架凛は二ヶ月後を迎え、握手会に臨んだ。蒼維が出てくる。ファンたちが沸く。蒼維が知った顔の前で足を止める。


(いまだ!)


 ぐ、と飛びだそうとしたとき、しかし彼女の腕はがっちりと捕まれていた。


「ちょっとこっちに来てもらえますか」


 屈強な警備員がそこにいた。


「様子がおかしかったんで、見ていたんですよ」

「あ……」


 推しがやってきたのに歓声ひとつ上げずにらむようにしていた彼女は、さぞ異様だったろう。警備員の目には「何かやらかしそうな人物」としてずっと映っていたのだ。


「放して! ソーイが」


 そのときにはもう、遅かった。

 天井は三度(みたび)落ち、悲鳴が響き渡り、血溜まりができた。



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