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第1話 スタートをもう一度


 それは突然の事故だった。

 キャーとかワーとか、言葉にならない怖ろしい悲鳴が辺りに響いた。

 いや、たったいままで、響いていたのは歓声だった。それが一瞬で、悲鳴になったのだ。


「何!?」


「天井の照明が――」


「アオイ! アオイー!」


「う、嘘でしょ、ソーイくんが!!」


「駄目です! 近寄らないで! ロープから出ないでください!」


「医者を……救急車を!!」


 瀬川架凛(セガワカリン)はそのとき、何が起きたのか理解できなかったが、セツロは一瞬で理解した。


 蒼維が死んだのだ。


―*―


 始まりがあれば終わりがある。

 どんな楽しいことも、どんなつらいことも、始まればいずれ終わる。

 楽しいことだけ「終わらないでほしい」と願うのは少々図々しくないだろうか?


 要約すると、彼女が言っていたのはおそらくそうしたことだった。僕、芯太はどう返したものか迷い、ミルクも砂糖も入れていないコーヒーカップをかき回した。


「あ、ごめん。別に否定するつもりじゃなくて」


 はっとしたように彼女は言った。


「私も思ったんだ。楽しい時間が終わらなければいい。でもしんどい時間は早く終わってほしいよね。そう自由自在にはいかないかなあって思って」

「あー、うん」


 僕はスプーンを置いて曖昧に返事をした。

 これはどういう意味だろう。


 さっきは、僕の「今日は一緒にいられて楽しいからこのままの時間が続くといいな」という意味合いの言葉をぶった切られたと感じた。「図々しい」と。

 いまの言葉だって、「お前は楽しいかもしれないがこっちはしんどいから早く終わりてえわ」という意味にも取れる。いや、さすがに邪推が過ぎるだろうか。素直に「私も楽しいからこのままでいたい」だと受け取っても?

 彼女の言葉はどうにも読みがたいことがある。


 僕たちが出会ったのは、二ヶ月ほど前のことだ。

 気まぐれで参加した図書館のイベントに彼女がいた。同世代の参加者はほかにいなかったこともあり、何となく話をしたら趣味のジャンルが近くて盛り上がった。思い切って連絡先の交換を申し出たら、応じてくれたんだ。

 断りづらかっただけかな、ということも考えたんだけど、向こうから連絡をくれたんだから大丈夫だよな。


 そうしてしばらくはスマホのなかの文字で喋り、よければご飯でもということになり、今日は三度目のデー……ト、と言っていいのかまだよくわからないけど、出会ってからちょうど三ヶ月、順当に仲良くなってきてるとは思うんだ。


「時間はまだ大丈夫?」


 僕は探りを入れた。彼女はちらりとスマホを見る。


「うん、平気」


 ほっ。


「今日はまだ終わらないね」


 少し笑う彼女に、僕は安堵の笑みを返した。


 始まりがあれば終わりがある。

 まあ、仕方がない。永遠に続くものなんてないんだ。

 どんな長編小説にも終わりがある。何らかの事情で物語が完結しなかったとしても、続きが読めなければそれは僕のなかで「終わり」だ。「終わっていたことになる」とでも言おうか。


 そう、終わらない物語はない。

 読者に結末が示されなかったとしても、読めなくなったところで終わり。


「でもさ」


 不意に彼女が言った。


「終わりがあるから始まりがある、っていうふうには考えられないかな」

「ん?」

「だからさ。終わらないと次って始まらないでしょ。何も物語に限らず。学校だっていい。一学年が終わって次が始まる。もっとシンプルに、一日が終わって明日が始まる」

「はあ」


 何だか哲学的な感じになってきたな。そうした話も嫌いじゃない。


「つまり、終わりを嘆かなくてもいい、ということ? その」


 少し言いづらい。でも思い切って続けることにした。


「楽しい今日が終わっても、また次回があるって」


 このまま次回の約束を取り付けてしまおう、というのはやっぱり図々しいだろうか。僕は、彼女の表情が微妙になっていないか確認しようとした。


「次回」


 生憎と言うのか、彼女はそのとき僕の方を見ていなかった。まっすぐ飛んでいく飛行機に気を取られたように、高い窓から空を見ていたんだ。


「今日が終わって、始まる明日。次のスタート。明日は、くるかな?」

「へ?」

「終わったら始まるはずだけど。それがどういうふうに始まるかなんて、始まってみないとわからない」

「うん?」

「始まらなかったらどうする?」

「明日が?」

「そう、明日が」


 いつしか彼女の目線は空を離れ、僕を見ていた。何言ってるの、と笑い飛ばすには、その表情は真剣だった。


「今日で世界が終わってしまったら、明日はないよね」

「まあ、今日で世界が終わるならね」


 曖昧に僕は同意する。


「私だけの世界が終わったら、どうだろう」

「うん?」

「私にだけ明日がこなかったら?」

「……どうしたの?」


 何だか様子がおかしい。そう感じざるを得なかった。


 自分にだけ明日がこない、とは。

 とっさに想像されたのは「死んでしまうから明日はこない」というようなことだ。だが彼女は健康そうで元気そうだし、心を病んでいるような気配も、少なくともこれまで感じたことはなかった。もしかしたら「初めて見せた」と言うことになるのかもだけど――いや、違うと思う。


「ごめん、変なこと言っちゃった」


 次には明るく笑う。僕も笑顔を返したが、どうも困惑が混ざっただろうか。


「そ、それじゃ」


 咳払いなどして、僕はその空気を変えようとした。「次回」なんてふわっとした言い方じゃなくて、いっそはっきり約束を。


「明日、会わない? 明日、世界が終わってなかったことを確認しようよ」

「ん……」


 今度こそ、彼女の顔は微妙になった。

 あ、駄目かなこれは。ちょっと雑な誘いだったかな。彼女の話に合わせたつもりだったけど、いまいちだったか。とっさに脳内反省会をする。


「あのさ」

「うん」


 何を言われるだろうか。僕は不安を出さないようにしながら相づちを打った。


「ループものってあるじゃない?」

「うん。わりと好きな方」


 何だ。何の例えだろう。


「私がループしてるって言ったらどうする?」

「ええ?」


 僕が聞き返したのは何も「えっ、本当に!?」ではない。さっきと同じ、「明日がこなければどうする」の類なのはわかっている。だからこれは「僕の誘いは無視? そんなに駄目だった?」だ。


「始まりがあれば終わりがある。さっきも言ったよね。こうして話しているのは楽しいけど、もう期限の二ヶ月が終わる。私に明日はこないって言ったけど、より正しく言うなら『この世界の明日に私はいない』」

「あの……」


 彼女の目線は再び僕を離れ、窓の向こうのどこか遠くを見ていた。


「ループものってさ、目的があるでしょ。何かが起きないようにするため、大事な誰かを助けるため。私もそうなんだ。その人を救うためなら何でもやろうと思った」


 「その人」。

 この遊びが何であれ、「大事な誰か」は僕ではなさそうだ。


「二ヶ月のループってけっこうしんどいんだよ。繰り返すのも楽じゃない。ループものでありがちだけど、だんだん感覚が麻痺してくるんだよね。その人のために知らない誰かを犠牲にするくらい何でもないと思うくらいには」

「えっと……」


 視線が僕に戻っている。「知らない誰か」って……まさか?


「でも、駄目だね。二ヶ月前は、あなたに今日死んでもらおうと思ったんだけど、無理だわ」

「ええ……」


 あまりにも酷い言いよう。もうちょっとシンプルに「明日は予定があるから無理」と言って、そのあとメッセンジャーをブロックするとかでよくない? いや、それも嬉しくはないけど、「死んでほしかった」はあまりにも酷い。


「ごめんね。私はもう一度スタート地点に戻るから。――さよなら」


 これは誤解のしようのない、別れの言葉だ。……断るなら、振るなら、これだけでよくないか?

 そのまま彼女は立ち上がり、僕の前から姿を消した。


 実際、それで彼女は本当に連絡を絶ったんだ。

 フレンド欄から名前は消え、ログも消えた。IDを検索なんかするのはちょっとストーカーじみているかなと思ったけど、何となく不安でそっと調べたらヒットしなかった。IDまで変えたのか、それともブロックされると検索もできなくなるのか、その仕様までは調べなかった。


 結局、ただ僕が奇妙な言い訳で振られたというだけなんだろうか。変人だと思わせれば振っても相手にキレられない自衛策とか、そういう。

 でもそれだってもうちょっとマシなやり方がないだろうか? だいたい、彼女は言ったのだ。「死なせるつもりだったが二ヶ月の交流で無理になった」と。これって好意があったって意味じゃない? それともやっぱり、相手にキレられないための予防線? その考えもしっくりこない。


 ただひとつ確実なのは、彼女の大事な誰かは僕じゃなかった、ということ。

 始まりがあれば終わりがある。つらい時間ばかりが早く終わってほしいと願うのは図々しい。

 やっぱり彼女にとっては、僕との時間は早く終わらせたいものだったのだろうか。


 でも仮に。


 もし仮に、彼女が本当にループしていたのであれば、目的の叶わない二ヶ月間はしんどい時間だったろう。「無関係の誰かを死なせる」という案を思いついて実行するまでに、何度のループが行われたんだろうか?


 彼女は何度も何度もスタートしては終わりを迎え、またスタート地点に戻る。

 ループものの主人公たちにはいつも同情してしまうけれど、僕にいま浮かんでいる感情もそれなんだろうか。馬鹿げた嘘に乗るふりくらいはいいとしても、本気で同情するのはちょっと人がよすぎる、と我ながら思った。


 忘れてしまうのがいいだろう。楽しかった二ヶ月は終わった。彼女ふうに言えば、終わったということは次が始まるということだ。次に出会う誰かは、ループしていないことを祈ろう。少しした頃には僕もそんな冗談を思い浮かべられるようになっていた。


 あのあと彼女は、いくつのスタートを繰り返したんだろう。

 目的は叶えたんだろうか。

 いまもたまに、僕はそんなことを思う。


 「無関係のモブ」であったらしい僕に、それを知る術はない。

 もし、いつか彼女と偶然すれ違うことがあったら――。




「あ」


 思わず僕は振り返った。

 ――あれから三年。

 結局僕はあの奇怪な別れ話を忘れることはなかったが、彼女の姿はもはやおぼろげになってきたと、そんなふうに感じていた頃だった。


 まるでその霞を払うかのように、すれ違った女性は僕の記憶と合致した。


「あの」


 思わず声が出た。彼女が足を止める。知らない人を見る目だ。

 間違えました、と言おう。知り合いに似ていたので、と言い訳をしよう。

 そう思ったのに。


「――よかった。きたんだね、『明日』」


 僕の口からこぼれたのはそんな言葉だった。

 わずかな間ののちに、彼女の瞳に浮かんだ理解の色。


 忘れていたんだろう、仕方ない。三年だ。それにループを繰り返していたなら、体感は三年じゃ済まないだろうし。


「あの」


 「大事な人」はどうなった? 助けられたの? そんなことを聞こうかとも思ったが、それはあとでいいと思い直した。


 言うべきは、ひとつ。

 もし偶然すれ違うようなことがあったら、言おうと思っていた。


「あのとき終わったので、また新たに始めることはできますか」


 彼女は驚いた顔をして、それから、笑った。


[第2話 『推しを救うためのループ』へつづく]


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