表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

カセットテープの向こう側 私と彼女の永遠のセッション

掲載日:2026/03/31

放課後の軽音部室。

誰もいない。


ましろは古いラジカセの前に座り込んだ。

カセットが入っている。


46分?


見たことない長さだ。



再生してみる。



ノイズの後

エレキギターの音。


荒削りで

でも何か引っかかる。


ましろはアコースティックギターを手に取り

録音ボタンを押して思いきり弾いた。





翌日。

再生ボタンを押すと——

自分の演奏の上に、別の音が重なっていた。



シンセサイザー。

エレキギター。



勝手に重ねられている。


「このラジカセ

 クリーニングしても

 すぐ重ね録りになっちゃうね。」


「まいっか」



 明るい声。




「続き、送ってよ」




ましろは眉をひそめた。

誰だこいつ。


でも——

音は、悪くない。



古いシンセの音色。

どこか古臭い、チープな電子音。



でも、自分のアコギによく合っている。

令和のセンスだと、逆にかっこいい。


ましろは少し考えて、また録音した。



言葉はなし。

音だけ。



次の日。

またシンセとエレキが重なっている。



今度はベースラインも追加されていた。




ましろのアコギに

ぴったり寄り添うような。

均一で、完璧なリズム。


「いい感じじゃん。

 もっと聞かせて」



グイグイくる。

ましろは短く録音した。



「...上手いな」



翌日。



「ありがと。私は千春」



 ましろは少し迷って、録音ボタンを押した。



「...ましろ」



 翌日。


「ましろか。覚えとく」


軽い。

でも、嬉しかった。



二人は曲を作り始めた。

ましろがイントロを作る。



千春がAメロを提案する。

ましろがサビを叩きつける。


千春がそれを受け止めて

さらに高く跳ね上げる。



言葉は少ない。

音が全てを語る。



ましろは普段

こんなに荒々しく弾かない。


人前ではもっと抑える。

空気を読む。


他人に踏み込まない。

踏み込まれない。



でもテープになら——

裸の自分を、ぶつけられる。



数日後、千春が録音していた。



「ねえ、ましろ」

いつもと違う、低い声。



「手加減してない?

 私、なめられてる?」



挑発的な言葉。



「本気の音、聞かせてよ。

 全部、ぶつけてきて」


翌日。

ましろは、怒りにも似た感情で

アコギを掴んだ。


手加減?


録音ボタンを押して——

思いきり弾いた。



ボディを叩く。

弦を引きちぎるように弾く。

遠慮なんかない。容赦もない。



千春が求めるなら

全部ぶつける。




翌日、千春から返ってきた音源。



ましろの荒々しい音を

千春のシンセが

完璧に受け止めている。


逃げない。


避けない。


全部、受け入れている。


そして——

さらに強く、ましろを包み込んでくる。



「もっと」



千春の声。

震えている。


「もっと、来て…」





数日後、ましろが録音した。

「千春

 たぶんシティポップ好きだよね。

 今度おすすめのCD貸そうか」



翌日の千春。

「マジで!?嬉しい!」


「あ、ごめん...

 プレイヤー持ってないんだ

 気持ちだけ受け取っとく」



やはりそうか

いまどきCDで音楽など聞かない。



だが、あの時代の曲は

サブスクには無いものが多いのだ。

仕方ない、このぶんも音にぶつけよう。



曲作りは加速した。



ましろが攻める。

千春が受ける。



千春が誘う。

ましろが応える。




音が、絡み合う。溶け合う。

二人の境界が、曖昧になっていく。


ある日、千春が録音していた。



「ねえ、この間奏部分。

 ましろのソロ入れない?」


提案。

ましろは考えた。



ソロ——自分一人の音。

しかも、人に聞かせたことのない

あの弾き方。


アコギのボディを叩く。

弦を叩きつける。

ギター全体を楽器にする、荒々しい奏法。


ミュージシャンの配信で見かけ

あこがれて練習したあの弾き方。


人に聞かせるのは

千春が初めてだった。



録音を始める。


ましろはアコギを強く抱え込む。


そして——弦をかき鳴らす音と同時に

右の掌底がボディを打った。


ドン、タッ、と、ベースと

スネアのリズムが

弦の旋律とは別に刻まれる。



それは千春の均一な

デジタルビートとは違う。


一瞬のタメ、次の瞬間への加速——


不揃いで、不安定で

でもだからこそ

生々しいましろの鼓動そのもの。



弦音と同時に

木製のボディを叩きつけ

裏打ちや微妙なタメを交えた

不規則なリズムを生み出す。


千春の完璧なリズムの隙間を埋めながら

同時にその枠組みを

内側から破ろうとするような

暴力的な生の律動。



感情を、全部乗せて。

誰にも見せたことのない

裸の自分を。


翌日。

千春から返ってきた音源を聞いて

ましろは息を飲んだ。



千春のシンセが

ましろのアコギに完璧に絡みついている。


大昔のゲームのような硬質な電子音なのに

まるで——抱きしめられているような。


ましろは頬が熱くなるのを感じた。



「...すごい」

 呟いて、録音ボタンを押す。



「千春の音

 私の中に入ってくる」


自分でも驚くほど

素直な言葉だった。


次の日の千春。



「わかる」

いつもより、声が低い。



「私も同じ。

 ましろの音聞いてると

 体の中が温かくなるっていうか...」



 間が空く。


「変なこと言ってる?」



 ましろは首を振った。誰も見ていないのに。

 録音ボタンを押す。



「変じゃない。

 私も同じ。」


次の日の千春は、興奮していた。

声が弾んでいる。



あんな弾き方、初めて聞いた。

ギター叩いたり、弦叩いたり..


先生や先輩に聞かせたら

『メチャクチャだ』って怒られると思う。



千春が笑う。


「でも、わかる。

 あの音、すごい」


二人の音の絡み方が変わった。

より深く。より親密に。



千春が録音したベースラインは

ましろのアコギに完璧に寄り添っていた。

まるで体を預けるように。



ましろはそれに応えるように

さらに繊細なハーモニーを重ねた。

千春の音を包み込むように。


翌日の千春。



「ましろのギター

 私のベースにぴったりくっついてくる...」


 声が甘く響く。


「もっと…

 近づいていいよ」


最後の間奏。

千春が録音していた。


「ここで、完全に溶け合いたい」



ましろは息が止まった。



そして——アコギを弾き始めた。

全てを、音に込めて。

千春への想いを。



この関係への

名前のつけられない感情を。



翌日。

千春から返ってきた音を聞いて

ましろは涙が出た。



完璧だった。



二人の音が

完全に一つになっている。



境界がわからない。

どこからが自分で

どこからが千春なのか。




「千春...」

 ましろは震える声で録音した。

「すごすぎて、言葉にならない」

 涙が溢れる。


「千春と、こんなに...」

 言葉が続かない。



「...一つになれるなんて」




そして二週間後——曲が完成した。



ましろは部室で、完成版を再生した。



イントロから最後まで。完璧な一曲。

Aメロでは寄り添い

サビでは激しく絡み合い

間奏では完全に溶け合う。




これは二人の対話。



二人の関係性。



二人の——





テープの最後に、千春の声。

「完成したね」

 嬉しそうな声。

でも、少し震えている。


「この曲

 私たちが一つになった証だと思う」



 長い間。



「こんなに幸せな気持ちで

 音楽作れるなんて

 思ってもみなかった」




 さらに沈黙。






「あのさ...

 もうすぐ文化祭じゃん?」


 千春の声が弾む。



「この曲

本番で演奏してもいい?

みんなに聞いてもらいたい。」




「ましろと一緒に作った

 この大切な曲を」



 また長い沈黙。

 そして、囁くように。



「...会いたいな、ましろ」




ましろは泣きながら、録音した。




「文化祭、楽しみにしてるよ」

声が震える。


「みんな、絶対喜ぶよ」


 涙を拭う。

「私も...千春に会いたい」



本当に、会いたかった。





翌日の放課後。

ましろは部室でその曲を弾いていた。



サビの途中で——



「その曲...」

顧問の野村先生が

驚いた顔で立っていた。



ましろは演奏を止めた。



「どこで覚えたの?」



「部室にあったテープで...」

先生はテープを手に取る。



「昔、同級生が作ってた曲に似てる。

 アレンジは違うけど…」


ましろの心臓が

嫌な予感とともに高鳴る。



「その子...名前は?」



 先生は少し躊躇した。


「小仲千春」



ましろの体から、血の気が引いた。




「文化祭の日に

 駅で事故があって。

 徹夜続きで

 ホームで倒れて線路に」


ましろの頭の中で

全てが繋がっていく。


千春の「CDプレイヤー持ってない」

——古くて聞かないんじゃない

本当に持ってなかったんだ。


千春の「このラジカセ、クリーニングしても」

——カセットの扱いを千春は知っている。

使い慣れている。



千春の古いシンセの音色——

80年代リスペクトじゃない。

当時の最新のシンセの音だ。



千春は——



「いつの...」

 ましろの声は震えていた。


「平成二年。

 ホームドアがつくまで

 30年かかったよ」


先生はましろの肩に手を置いた。


「文化祭で弾くなら

 徹夜はしないように。」


「それと、駅のホームでは

 線から離れること」

 

先生は去っていった。



ましろは一人、部室に残された。

そして今、文化祭前夜を

迎えようとしている。



ましろは震える手で

テープを巻き戻した。



録音ボタンを押す。


「千春、聞いて。

 文化祭の練習、徹夜しないで。

 ちゃんと寝て」


 涙で声が詰まる。


「文化祭の朝。

 駅のホーム、線から離れて。

 絶対だよ、お願い。」


 録音を止める。


「届いて...」




翌日。

ラジカセのデッキが開いている。


茶色いテープが

複雑に絡み合い

何箇所も折れ曲がっている。



「なんで...なんで...」



千春との繋がりが——

切れてしまった。


警告は届いたのか。

届かなかったのか。

もう確認する術もない。



ましろはラジカセ抱きしめて

声を殺して泣いた。



どれくらい経っただろうか。

部室のドアが開く音がした。



「どうしたの?」


野村先生の問いに

ましろは何も言えず

ぐしゃぐしゃのテープを見せた。



「ああ...絡まっちゃったか」



先生は懐かしそうに

でも少し悲しそうに微笑んだ。


「昔はよくあったんだ。

 このラジカセ

 ポンコツだったからね。」



「これ、もう...ダメですよね...」

ましろは絶望的な声で言った。




「いや、まだ切れてないよ」


先生は鉛筆を取り出した。


「昔はこうやって直したんだ」


先生はテープの穴に

鉛筆を差し込むと

ゆっくりと回し始めた。


ましろは初めて見る光景に

息を飲んで見守った。


「絡まったら

 こうして巻き取る。

 焦っちゃダメ。ゆっくりね」


慣れた手つき。何度もやってきた動作。


「カセット世代は

 みんなやってたんだよ、これ」


十分ほどかけて

先生は見事にテープを元に戻した。


ましろは驚きと希望で震えた。


「直ったんですか...!」


「ああ。ただし」


先生は真剣な顔でましろを見た。


「もう一回絡まったら

 今度は切れる。

 テープは消耗品だから」



先生はカセットを

ましろに手渡した。


「聞けるのは、あと一回だけだ」


先生が去った後。

ましろは一人、テープを見つめた。


最後の一回。


もしかしたら

千春から返事が来ているかもしれない。


でも——来ていないかもしれない。


再生ボタンに指を置く。

押せなかった。


ボタンを押すのが怖い

押さなければ——まだ、希望が残る。

でも……


ましろは目を閉じた。


そして——

再生ボタンを押した。



テープが回る音。


ノイズ。


そして——




ましろの声が流れてきた。


「千春、聞いて。」



昨日録音した、自分の警告。

必死の声。泣きながらの懇願。


「絶対だよ、お願い。」



そして——無音。

ただ、テープの回る音だけ。



「届かなかった...」



ましろは立ち上がった。

千春はもういない。



いや、違う

生まれる前から

とっくにこの世にいない。



でも——

ましろは自分のアコギを掴んだ。



千春と作った曲。千春とぶつけ合った音。

それは、ましろの中に残っている。


やるべきことは、一つしかない。

弾くこと。歌うこと。


千春と作った音楽を

生き続けさせること。



ましろはギターを背負って部室を出た。



停止ボタンを押す時間すら惜しい。


振り返らない。

前を見る。

















ましろが去った後。

誰もいない部室で、テープは回り続けた。



A面が、最後まで。

そして——



カチャ

小さな機械音。




オートリバース機能の作動音だ。

テープが自動的に反転し

B面の再生が始まる。




しばらく無音。



ノイズ。




そして——




「ましろ...聞こえてる?」



千春の声だった。



「ましろのメッセージ

 すっごくマジだったから

 気をつけることにした」



千春が深呼吸をする音。


「練習、休憩取って徹夜もやめた」



千春の声が震える。


「今朝、駅で女の人が

 ホームで倒れたの。

 線路のすぐ近くで」



「もしあれが私だったら...」




千春が泣いている。


「ここにいなかったかもしれない」



しばらく

千春の泣く声だけが続いた。


「ましろ...ありがとう。

 文化祭、無事に終わったよ」


 明るい声。


 長い沈黙の後。

 千春が、囁くように言った。



「ましろ…」



「いつか、二人で同じ場所で

 セッションしようね」



テープが終わり

オートリバースで

またA面に戻る。





部室には、静寂。




ギチチチ...



ラジカセから、嫌な音がした。

テープが、再び絡まり始めている。

誰もいない部室。止める者はいない。



ブチッ

テープが切れる。


B面の千春の声も

A面のましろの声と二人の曲も——

全て、失われた。




部室には静寂だけが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ