07 諸君は勇敢だ
そして球技大会の前日。
放課後の理科室に、計画のプロジェクトメンバーが結集していた。
この場所は、協力者の一人である科学部の部員が貸出してくれた。
集った面々は科学部、ドローン部、文芸部といった静なる部活からの協力者や、『帰宅 (させる)部』の新入部員たち。性別を問わず一様に猫背の佇まいで、内向的な雰囲気を体から放っている。
スマートフォンをいじる者、本を読む者、窓の外を眺める者。各々がそれぞれの方法で時間を潰し、発起人である部長の登場を待っていた。
俺は覆面を被らず、素顔を晒した状態でメンバーと共に部長の登場を待っていた。これは部長の指示だった。
この空間に一切の会話は無かった。同じ目的のために一致団結した関係とはいえ、俺達は赤の他人だ。面識のない人間に自ら声をかけられるような、高いコミュニケーション能力を有する者はこの理科室において皆無だった。
しかしこの静寂は、俺にとってはむしろ心地よいものだった。
しばらくして、ゆっくりと引き戸が開かれた。部長だ。覆面を被っている。
やはりゆっくりとした動きで、一歩一歩を踏みしめて教壇に立った。
部長の登場に気付いた面々は暇潰しの手を止め、皆そちらに視線を集めた。
部長は口を開かなかった。教卓に両手を突き、参加者一人一人の表情を確認するように周囲を見渡す。その張り詰めた空気に息が詰まる。
その沈黙の状態が一分ほど続いただろうか。部長はついに口を開いた。
「諸君は勇敢だ」
その一言を皮切りに、師走廻による演説が始まった。
「諸君は普段の学校生活に馴染むことができず、臆病者、小心者、ノミの心臓と嘲笑されているかもしれない。
しかし明日のため、ついに立ち上がった。私はその勇気に感謝する。
諸君の勇気によって、計画の成功はより盤石なものとなった! 」
パチパチパチ。乾いた拍手の音が理科室に響く。
拍手を送っている人間は俺だけだった。この拍手も部長の指示だった。
事前に打ち合わせをしていたタイミングで拍手をするために、俺は聴衆に混じっているのだ。すなわち俺はサクラの役割を務めている。パチパチパチ。
ここに集まっている人間の特徴は、同類としてよく分かる。
こいつらの心は氷のように冷たく固まってしまっている。感情が動くような出来事を目の当たりにしたとしても、素直に表現することができない。
その心を解きほぐすための環境作りとして、このようにパチパチパチ。
ちなみに俺が『帰宅 (させる)部』の副部長であるということは、部長以外は誰も知らない。遊撃及び勧誘の際は、俺は常に覆面を着用していた。
「そして勇敢さとは対極の、慈悲深さをも諸君は持ち合わせている。
青春という答えのない幻影を追い求め痴態と愚挙を繰り返す輩共をその呪いから解放する慈悲深さだ。
その優しさに触れた暁には、あやつらは悟る。己の迂愚、梼昧を」
パチパチパチ。
部長は器用に声色を変え身振り手振りも加え、演説を続ける。
ちなみに迂愚とは物事をよく知らないこと。梼昧は愚かであること。
「未だ声を上げられぬ十、いや十五、いや百五十人の同胞のためにも、先ずは我々が先陣を切る!
今回の計画はただの復讐ではない。声なき者の救済の意味も込めているのだ!」
さすがにあと百五十人もこの高校に同胞がいるとは思えないが……。
パチパチパチ。
それはともかく、俺は自分の仕事を全うする。
パチパチパチ。
パチ……パチ……。
俺につられて拍手をする者が徐々に増えていく。
「輩の目を覚まさせ、声なき者に救いの手を差し伸べたとき、本当の意味での入学式が開式するのだ!
その刻は目の前まで迫っている!」
本当の意味での入学式は毎年四月にやってるやつでしょ……。
パチパチパチ。パチパチパチ。 パチパチパチパチパチパチ。 パチパチパチ。
拍手の音が更に増えていく。
「『ノアの方舟計画』の実行、いや成功を、ここに宣言する!
輩に審判の洪水を! 諸君に恵みの雨を!」
「「「ウオオオオオ!!!!!」」」
俺の拍手をかき消すほどの雄叫びが一斉に上がった。
床が揺れ、窓ガラスが震える。部長の演説に鼓舞され昂った感情が、教室の方々で爆発する。
ま、まさかこんなに盛り上がるとは……。
というか、お前らこんなに大きい声が出せたのか……。
熱狂の中心に立つ俺はその熱を一身に浴びた。ビリビリと全身が痺れ、熱いものが胸の奥から沸々と込み上げる。
この感覚は一体なんだ? 今までに感じたことのない不思議な感覚だった。
未だ盛り上がりが冷めやらぬなか、部長は理科室を堂々と後にした。
こうして部長の試みた士気高揚の演説は大成功に終わったのだった。
俺も例外ではない。メンバーの熱狂を肌で感じ、『ノアの方舟計画』の完遂を改めて決意した。
窓から天気を確認する。灰色の雲が厚く空を覆い、夕焼けは完全に隠れている。
そして明日の降水確率は、60%。天気も俺たちの味方をしてくれている。
もはや計画に障害はない。俺は生まれて初めて、球技大会を心待ちにしていた。




