19 俺たちは軽蔑していただろ? 思春期を迎えてホルモンバランスに思考を犯された連中を。
「待て!!!」
「お、お前は……」
突如目の前に現れた学ラン男子の正体を、俺はよく知っていた。
「お前は……もしかして"俺"か……?」
「そうだ。俺は中学生の頃のお前だ」
その冴えない表情と猫背の立ち姿を見てなんとなく分かった。
俺の行く手を塞ぐ人物は……過去の俺だった。
俺だけに見えている幻か、なにかしらの手段を通じて現代に訪れたのか、その背景は分からない。
不思議と、俺の中に驚きはなかった。目の前で起こった現象を自然と受け入れている自分がいた。
過去の俺は相変わらず俺を睨み続けている。その表情は、俺になにか訴えがあるように見えた。
「で、過去の俺が今の俺に何の用だ?」
「まさか……今さら恋愛ゲームに参加しようとしてるんじゃないだろうな?」
「ど、どういうことだよ?」
いきなり痛いところを突かれて、俺は動揺を隠せなかった。
「とぼけるな。
俺たちは軽蔑していただろ? 思春期を迎えてホルモンバランスに思考を犯された連中を。
ワックスを付ける男も、色付きリップを塗る女も、まとめて馬鹿にしてただろ?
恋愛に現を抜かすなんて下らないって思ってただろ!?」
必死に目を背けていた過去を、単刀直入に突き刺されてしまった。
そうだ。俺は「俺はあいつらとは違う」と斜に構えてプライドを保っていた。
頬を寄せ合う異性同士も、隅に集まる同性の馴れ合いも、等しく下に見ていた。
そんな過去の自分を棚に上げて部長を追いかけるなんて、連中にも引けを取らない自己中心的な振る舞いではないか。
ぐうの音も出ない俺に、更なる過去が突き刺される。
「それに、忘れたとは言わせないぞ。中一の時の夏休みのこと」
「……夜祭のことだろ?」
あれは中学校生活が始まって三か月が経った頃のことだった。
小学校を卒業したばかりの子どものくせに急に大人びたような挙動を見せ始めたクラスメイトたちに俺はどうも馴染めずにいた。
そんなとき、クラスメイトたちから夜祭に誘われた。ここで素直に誘いに乗っていれば、クラスの輪に加わることもできたかもしれなかった。
しかし俺は、首を横に振った。俺はお前らとは違う。恋も馴れ合いも不要だという姿勢を示すために。
過去の俺は胸ぐらを掴まんばかりに迫る。
「あの出来事が決定打になって、俺は卒業まで一人だったんだぞ!
孤独な自分を孤高だと思い込んで中学校生活を過ごしてたんだ!
ちょっと馬が合う異性に出会ったくらいで、今さらスタンス変えようとしてんじゃねーよ! 最後まで貫け!」
「……確かにお前の言う通りだよ。だけど俺は、ここで師走さんを追わないと一生後悔する。だから道を開けてくれ」
「それに、なんだあの部活動は。『青春に復讐する』とか『輩を帰宅させる』とか勝手な理屈を並べてたけどよ。その行動だって、お前が嫌ってた馴れ合いの一種だろうが!」
「…………」
「あの頃の思想を思い出せよ。
恋愛なんて下らないんだろ? 性欲に突き動かされることは恥ずかしいんだろ?
それが、あんな女を必死に追いかけるなんて……。
お前みたいな一貫性の無い人間に、他人を想う資格なんてない。もうあいつのことは忘れて家に帰れ」
そうだ。俺は『帰宅 (させる)部』で師走さんと思想を共にし活動してきた。
その様子だって、客観的に見れば俺が忌み嫌っていた馴れ合いとなんら変わりがない。
挙句の果てに、師走さんに対していつの間にかこんな気持ちが芽生えてしまっていた。
これらは全て俺が唾棄してきたことだ。
突きつけられた事実を前に、理屈も御託も浮かばなかった。
「……せぇ」
「え?」
「うるせぇ!!! カスダニ野郎が!!!
師走さんは俺の考えを変えてくれる人だったんだよ!!!」
そうだ。全て昔の俺の言う通りだ。
俺は恋愛を馬鹿にしていた。馴れ合いを見下していた。青春を求める連中に後ろ指を指していた。過去の俺の思考と今の俺の行動が正反対になっていることは事実だ。
しかし、それでも、俺は師走さんと離れ離れになりたくなかった。そこに理屈も御託もない。
俺は再び走り始めた。
過去の俺の横を駆け抜け、一度は見失ったあの背中を探し求める。
「必死になってんじゃねーよ! どうせ無理なんだから諦めろー!」
徐々に声が小さくなる。あいつにはいつか、この選択が正しかったと思わせてやりたい。
体力はすぐに限界が訪れた。これは体育会系を馬鹿にしていた罰かもしれない。
息が切れる。筋肉が悲鳴を上げ続ける。夏の気温が体力をみるみると奪う。
それでも足は止められなかった。背中が遠ざかっていった方向に、一心不乱に走り続ける。
やがて俺の目は、その背中を再び捉えた。
「し、師走さん……!!!」
呼吸が整わないなか、なんとか声を絞り出す。
振り向いた師走さんはお面を外して後頭部に回していた。
露になった表情は驚きを浮かべている。
「ど、どうした? そんなに息を切らして……」
深呼吸を繰り返しても、呼吸は一向に落ち着く気配がない。心臓は皮膚を突き破りそうなほどに暴れている。
言いたいことはたくさんあった。これまでの部活動のこと、これからの俺たちのこと。思い出や感謝、あの一言。考えが次々と浮かび、一向にまとまらない。
今はただ、素直な気持ちを伝えることが精一杯だった。
「あ、あの……。一緒に帰りませんか?」
青春を帰宅 (させる)部 これにて完結




