15 馬脚あらわせば飲酒に喫煙、馬並み求めて不貞を重ねる
体育館のモップ掛けと施錠を終えた頃には、時刻は二十時を回っていた。
普段なら自室でだらだらと趣味に向き合っている時間だ。
この時間帯の校舎は昼間の賑わいからは考えられない静けさに包まれている。
ただ一階の職員室だけは未だに明かりが点いていた。偏差値47相当の学力を有する生徒たちの未来のために身を削る教員の姿を想像すると胸がいっぱいになる。
駐輪場で自転車を回収して校門へ向かうと、部長の言いがかりと万国ニコの笑い声が夜闇に響いていた。
俺は覆面を被ったまま二人に合流し、改めて万国ニコに発言の意味を問う。
「で、一緒に帰るってどういうことだよ?」
万国ニコからの提案に乗る形で、彼女を帰宅させるという任務はあっけなく成功した。
しかしその腹の内が分からない。
「この女は部活動に横槍を入れられ、運動による性欲の昇華が不十分に終わった。
未だ疼く体の火照りを治めるため、副部長の見せ槍を期待しているのだ」
「なに見せ槍ってw」
「と、ところで……部長って電車通学ですよね? 着いてきて大丈夫なんですか?」
「両親に送迎を頼む」
ご両親にどう説明するつもりなんだろうか……。
そもそもご両親は、部長の活動をどこまで知ってるんだろうか……。
万国ニコは笑い泣きの涙を拭うと、「じゃ、行こー」と先陣を切った。
三人で並んで歩いている間も、部長の口が止まる瞬間は無かった。万国ニコは帰宅の真っ只中なのだから遊撃は不要であるはずである。
標的にされている本人は発言内容などどこ吹く風で、体をくの字に曲げるほどに腹を抱えて笑っていた。
歓談が続くなか十分ほど歩き、森青総合公園の入口に到着する。
この公園は、広大な敷地内に陸上競技場や野球場など様々なスポーツ施設が設置されている。俺の人生には全く関係の無い場所だ。
万国ニコは「こっちが近道なんだー」と園内に踏み入れた。
街路灯に照らされた道を三人で進む。その先には屋外バスケットコートが設営されていた。
万国ニコは当たり前のようにベンチに荷物を置くと、バッグからマイボールを取り出す。
「じゃあ練習しよ! はいぬーくんはそっち立ってハンズアップ!」
「いや帰らねーのかよ!」
「誑かしたなこの女狐が!」
万国ニコは俺たちの抗議を笑い飛ばして続けた。
「えー。付き合ってくれないなら学校戻るけど?」
……この女、真っ直ぐ帰宅するつもりなど微塵も無かったようだ。
俺たちを利用して、この場所で練習を継続しようと企んでいる。
しかも、誘いを断ったら学校に戻るという脅しをつけて。その口調は冗談めいているものの、万が一本当に戻られてしまっては部長の命運に関わる。
俺たちに拒否権は無いも同然だった。
「はいぬーくんはそっち! ぬーちゃんはゴール下!」
せめてもの反抗心を示すために、わざと足取りを遅らせて指定された箇所に移動する。
俺はスリーポイントラインという場所に立たされ、命令通り両手を上げた。部長ものろのろとゴール下まで移動する。
「本当に挙手して立つだけだぞ? 俺は体育が嫌いなんだ。あと、体育会系もな」
「超助かる~! 部活って私より大きい子いないからさー」
万国ニコはボールを構えると深く膝を曲げ、反動で大きく跳躍した。
そして放たれたボールは俺の手指の遥か上。綺麗な放物線を描いてゴールリングを通り抜ける。
地面をはずむボールをゴール下に立たされている部長がキャッチし、乱暴に持ち主にパスする。
万国ニコは感謝の言葉と共にボールを受け取ると、再びシュートを成功させた。
これほどのシュート精度を持っているのなら、素人目にはもはや練習の意味など無いように見える。
「というか、こんな場所があるなら学校で練習しなくていいだろ」
「一人でここ使うのって怖くない? 私一応JKだし」
「男子バスケットボール部に頼め! 無関係な我々を巻き込むな!」
「それはまぁ、色々あるからさー」
「"色々"と誤魔化してはいるが、原因は人間関係一択だろうに。
貴様らのようなスポーツマンは表向きは爽やかな汗を流す好青年ぶっておきながら、馬脚あらわせば飲酒に喫煙、馬並み求めて不貞を重ねる性豪ゆえ」
「きょ、今日は何時まで練習するつもりなんだ?」
「条例が23時だっけ?
じゃあ22時30……いや45分までで!」
こんなところにあと二時間近く棒立ちなんて冗談じゃない。『北風と太陽計画』再始動だ。
先ほどと同じように淡々と説得して、今度こそ家に帰宅させてやる。
「大会前なのにそんなに練習したらむしろ疲れるんじゃないのか?」
「うーん。先生にも"やり過ぎるな"って言われてるんだけどねー」
「教員にまで言われてるんだったら、素直に従った方がいいだろ……。さっさと帰れよ」
「でもさ、いつまで続くか分からないじゃん?」
「……は?」
「練習しなかったせいで、一回戦で負けちゃうかもしれない。そもそも来年もインターハイに行けるって決まってるわけじゃないんだから、今年が人生で最後の出場かもしれない。
どうなるかなんて分からないんだったら、自分の後悔が無いようにやるのが一番かなって」
「…………」
万国ニコの言い分は、心情としては理解できる。
しかし校則を守らないどころか、無関係な俺たちまで巻き込むとは言語道断である。
これ以上練習を継続する腹積もりならば、もはやこの屋外コートを封鎖する以外にこいつを止める術はないのではないだろうか?
まず、敢えてこの場所で数日練習を続ける。
その後地域の住民を装い「深夜にボールの音がうるさい」と苦情の電話を一本。次の日にはバスケコートは封鎖されるはずだ。
「ま、色々理由はあるけど、バスケ楽しいし。私の青春って感じかな。
……なんか自分語りしちゃったw」
バスケットボールが青春と言い切るこの万国ニコ、青春を手にすることができなかった部長とは真逆の存在だ。
彼女は部活のエースであり、インターハイ出場の立役者であり、学校の有名人。
バスケが青春と言うのも当然だろう。それだけの身長があれば、楽しくて楽しくて笑いが止まらないだろう。
「で、ぬーくんの青春は?」
「は? そんなもんねーよ」
分かってるくせに、わざと聞いてるんじゃないだろうな?
俺の人生にその二文字は存在しない。そしてこれからも求めることはない。
『帰宅 (させる)部』の遊撃を通じて、俺は改めて理解した。
青春とは若人を愚かたらしめる劇薬であると。
「え。でも二人って付き合ってるんでしょ?」
万国ニコはそう言うと、ゴール下の方を指差した。
そこには部長が立っている。
「「はぁ……」」
溜め息が重なった。
恐らく部長も同じことを考えているはずだ。
何故こういう類いの連中は、異なる性別の二人組を全て恋仲だと判定してしまうのだろうか?
その理由は簡単で、連中自身が異性に対してそのような目を向けているからだ。
異性が視界に飛び込めば先ず第一に顔と体を値踏みし、性交の可否を判断するのだ。輩共は男女の友情など決して成立しない莫大なる性欲を腰に備えているのだ……まるで部長のようなことを考えてしまった。
「溜め息ハモるとかヤバくない!?w え、私邪魔だった?w」
万国ニコも例に漏れず性の化身であった。
俺たちの関係を誤解し、瞳からハイライトをきらきら飛ばしている。こいつは部長の言うように性欲をスポーツで昇華する他人の恋愛話を聞くことが趣味の頭の中は異性のことしかない恋愛依存体質なのかもしれない。
しかしその性質は利用できるかもしれない。
「じ、実は俺たち付き合ってるんだ。本当だったら、今日は二人で過ごす予定だったんだぞ。だからもう空気を読んで帰ってくれよ」
横目で部長の様子を確認する。
特に驚く様子も、怒る様子も見られなかった。黙って俺たちのやり取りを聞いているようだ。
「えー! 同じ部活で付き合うとかめっちゃ青春じゃん!
『フッ。青春なんてねーよ……』とかすかしてたんにw」
「そこまでカッコつけてなかっただろ……。いいから帰れって」
「うーん。じゃあまた明日ね」
「明日!?」「明日!?」
万国ニコはいそいそと帰りの準備を進めた。
「お、おい。一人で帰って大丈夫なのか?」
「うちめっちゃ近いから~! 今日はありがとね~!」
万国ニコは俺たちに手を振りながら、駆け足でコートを去っていった。
こうして俺たちは、今度こそ万国ニコの帰宅を成功させたのだった。
しかし、一つの懸念が残っている。
「また明日」なんて、まさか本気じゃないだろうな?
もし誘いを断って万国ニコが体育館での練習が再開した場合、部長の停学はどうなるんだ?
「副部長。本日はご苦労だった」
「いえいえ。変な嘘ついちゃってすみません」
「明日からも二人で遊撃を続けるぞ!」
「は、はい……」
意気込む部長の姿を見て思った。
この人は反省とかしないんだろうか……。危うく停学沙汰だったのだが……。




