14 シュート練習で汗を流しておきながら本心ではダンクシュートをぶちこまれたいんだろ!?
時刻は19時41分。
万国ニコが完全下校時刻を超えても校内に居残っていることは肉眼で確認できた。
「部長。そろそろ行きますか?」
隣にいるはずの部長は姿を消していた。
俺を残し、単身でアリーナに飛び出していた。
バタバタと荒い足音が体育館中に反響する。
突然の乱入者に万国ニコは目を丸くして、練習の手を止めた。
部長は一度万国ニコに敗北している。
前回と同じ手段では、再び涙を呑む羽目になるだろう。
果たして部長はどのような手段で、万国ニコを説得するのだろうか?
「傍若無人な振る舞いを即刻停止し帰宅しろーーーッッッ!!!!!」
従来通りの遊撃だった。
それで勝算はあるのか?
俺は一抹の不安を抱くも、部長の後を追うことはしなかった。
「副部長は見ているだけでいい」
『ダビデのスリングショット計画』を説明する際、部長は確かにこう言った。
そして部長は、今回の『計画』が雪辱戦であることも語っていた。
この戦いは部長のプライドをかけた一戦だ。俺はそう理解した。
『計画』の成功を祈りつつ玄関から二人の様子を眺める。
万国ニコは覆面を被った部長を見ると、その大きな瞳にハイライトが輝いた。
そして熱烈歓迎、ボールを脇に抱えて大きく手を振った。
「あれ、"ぬーちゃん"じゃ~~~ん!!! 会いたかった~~!!!」
ぬーちゃん……? なんだそのニックネームは……。
もしかして、二人は近しい関係にあるのだろうか?
しかし部長はその歓迎ムードに呑まれることなく、遊撃を継続する。
「毎晩毎夜一人で学校に残り、貴様一体何をしていた!?」
「何って練習だよ~!」
「練習を装い時間を潰し、人気が無くなったところで顧問と蜜月か!
シュート練習で汗を流しておきながら本心ではダンクシュートをぶちこまれたいんだろ!?」
「エグw てかなんで顧問なの?w」
万国ニコは楽しそうに笑うと、カゴからボールを取り出してシュート練習を再開した。
「貴様のような人種は"クラスの男子ってバカしかいないよね~"と達観ぶっておきながら、そのクラスの男子以上に女子高生というブランドと肉質に執着している年上の男に貪り喰われる運命だ! 高校の教員なぞその最たるもの!」
「それってぬーちゃんのことなんじゃないの~?」
「違う! 根拠の無いレッテル貼りを止めろ!」
いや、それこそ部長のことでしょ……。
万国ニコは部長の遊撃を歯牙にもかけていなかった。
部長が言葉を発する度にケラケラと笑い、適当に相槌を打つ。
そして部長という弩級のノイズを横に立たせながらも、シュートの精度は保たれたままであった。万国ニコが放るボールは面白いようにゴールに吸い込まれていく。
やがて部長は糸が切れたように、体育館の床に膝から崩れ落ちた。肩を大きく上下させて、やっとの呼吸を繰り返す。どうやら体力の限界が訪れたようだ。
部長……一人で大丈夫だって言ってたじゃないですか……。
その姿を見た万国ニコは練習の手を止め、優しく部長の背を擦る。
「だ、大丈夫? なんか飲む?」
遅れて俺も部長の元に駆け寄る。
「部長ー、大丈夫ですかー?」
万国ニコは顔を上げると、俺と部長に交互に目をやった。
そして唐突に強く息を噴き出すと、そのまま腹を抱えて笑い始める。
「え、ぬーちゃん増えたんだけど!w」
「副部長……あとは任せた……。私は体力の限界だ……」
「わ、分かりました……」
部長は床に突っ伏したまま、俺にそう言い残して力尽きた。
この二人のやり取りから察するに、恐らく前回も、万国ニコに遊撃を笑い飛ばされて敗北したのだろう。長身揃いの女子バスケ部からすれば、小柄な部長の一喝は子どもの駄々のようなものだ。
そして二人の相性が悪いことも部長が敗北を重ねた原因だ。
部長の遊撃は支離滅裂な理論と偏見で相手を辟易させるスタイルだ。
発言を楽しまれてしまっては遊撃はまるで効果を成さない。馬の耳に念仏ならぬ万国ニコの耳に部長の遊撃だ。
『ダビデのスリングショット計画』は、部長にとっては雪辱戦だった。
今回こそ白星を掴むために、普段以上に気合が満ち満ちていた。
しかし結果は惨敗である。部長は精魂尽き果て、立ち上がることすらままならない。
しかし、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
『ダビデのスリングショット計画』の成否には部長の学校生活がかかっているのだ。
部長が再起不能の状態である今、俺が万国ニコを帰宅させるしかない。
そのための戦略は閃いていた。
万国ニコは部長の遊撃を純粋に楽しんでしまっている。
ならば俺は理路整然と、行いの一つ一つを否定してやる。バスケットボールの模様の皺が脳に刻まれていそうな体育会系でも理解できるように、じっくりと諭してやる。
部長とは異なる姿勢で遊撃を実施する、これを『北風と太陽計画』と命名しよう。
「キミこの前いなかったよね!?w 弟!?w」
「俺は『帰宅 (させる)部』の副部長だ。
俺たちは万国さんに家に帰ってほしいんだよ」
「え待ってなにその部活。しんどいってw」
万国ニコはへらへらと笑いながらシュート練習を再開した。
その雰囲気に誤魔化されることのないように、淡々と言葉を並べることに努める。
「とにかく……。今日は何時まで練習するつもりなんだ?」
「昨日は22時くらいに帰ったから、今日もそれくらいかなー」
「本来の最終下校時刻は19時だって分かってるのか?
特例で三十分も延長してもらっておいて更に二時間半も超過するなんて、大事な時期だとしても甘えすぎだ」
「でもさー、練習したいじゃん?」
「お前を待つ顧問だって、他に予定があったかもしれない。家族が寂しい思いをしているかもしれない。お前一人の我儘で色んな人に迷惑がかかってるんだよ。
分かったらさっさと、これ以上色々な人に迷惑をかける前に帰れ」
万国ニコはシュートの手を止めると、俺に近寄ってきた。
そして頭からつま先まで、俺の全身をまじまじと眺める。
突然の行動に理解が及ばず、俺は戸惑いの声を漏らしてしまう。
「な、なんだよ」
「うん。いいよ」
そう言うと万国ニコはにっこりと笑みを浮かべる。
「……え?」
「じゃ、帰ろ? 二人で一緒に」
「……は?」
こうして『北風と太陽計画』は難なく成功したのだった。




