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青春を帰宅(させる)部  作者: 腐汁じゅるじゅる
プロローグ

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1/7

01 どうせ読む本は『男女のからだのしくみ』だろ!?

放課後の図書室に、漢字の読めない高校生が五人同時に入室した。


『図書室ではお静かに』の注意書きは、利用者全員の目に入る箇所に掲示されている。しかし一目で陽キャと分かるそのグループは、周りの迷惑など気にせず無駄に大きい声と行動音をうぇいうぇいと撒き散らしていた。すなわちあの集団は漢字が読めないということで間違いない。


いや、奴らがなによりも読めてないものはこの場の空気だ。

中間テストが二日後に迫った放課後の図書室。利用者全員が机に(かじ)りついてペンを走らせている。この光景を見れば、自らがどのように振舞うべきかは自然と理解できるはず。

こんな簡単なことすら分からないのなら、全員まとめて今すぐ図書室から出ていけ。いや高校から出ていけ。漢字の読めないお前らに高等教育はまだ早い。


と、面と向かって言うつもりはない。

俺のような友達少なめ、存在感薄め、スクールカースト低めのゼロカロリー男が大声を出し慣れていない初心(うぶ)な喉を必死に震わせたところで、スマホを向けられネットに晒され、連中のいいね稼ぎに利用されるだけだ。


そもそも、面と向かって注意してやる理由がない。

奴らが将来、別の場所で恥をかいたところで俺にはなんの関係もない。

一般常識を身に付けられないまま無駄に年を重ね、やがて病院でも葬式でもお構いなしに騒ぎたてる老害になってしまえばいい。

いや、こういう輩は「しんみりするのは俺ららしくねーじゃん!?」とかなんとか自分に都合のいい理由付けを探して、病室でも葬儀中でも馬鹿騒ぎするのだ。やれやれ自分を甘やかす理由を見つけるときだけは頭の回転が速い。


……すっかり集中が途切れてしまった。

俺も他の利用者たちと同じように、テスト勉強のスパートをかけるために図書室を訪れていたのだ。

数学Ⅰから数学Ⅱ。タイトルのナンバリングがたった一つ増えただけなのに、難易度は十も二十も上昇しているように感じられる。

毎日の授業の内容を全く理解できなかった。耳から入ってきた言葉を脳味噌が受取拒否していた。このままでは一学期の中間テストからさっそく赤点は間違いなしという状況だった。


しかし今日は珍しくペンが進んでいた。図書室の環境が俺に合っていたのだ。

俺と同じゼロカロリーの雰囲気を放つ男女が、やや広めのパーソナルスペースを確保して黙々と机に向かっている。完全な沈黙ではなく、ページをめくる音や筆記音が環境音として耳をくすぐる。

俺もその空間に溶け込み、コツコツと学力を伸ばしていたのだ。

だが奴らの登場により、心地の良い没入感は一気に引いてしまった。


荒々しく引き戸が開かれ、男が二人と女が三人。上履きのラインの色で全員が一年生だと分かった。

会話を盗み聞きするに、奴らも一応テスト勉強という名目でここを訪れたらしかった。しかし席に着くやいなや、教科書すら開かず雑談を始める。

仮にその会話の音量が適切か、もしくは内容が面白ければ、ラジオの代わりとして存在を許してやれたかもしれない。

しかし奴らの会話にタイムスタンプを打つと以下の通り。


15:45

「てかさー。英語のババァだるくね?」


「分かる。ノリがスベってるよね」


「ノリがスベってるとか草w」


15:51

「高橋また彼女変わったらしいよ」


「三人目?」


「いや四人目」


「あいつ一番陽キャやんw」


16:11


「てか勉強しに来たんじゃね? 俺ら」


「あー単項式。単項式単項式!」


「いや、言えばいいってもんじゃねえよ!w」


再生回数一桁レベルの内容だ。それでいて奴ら自身は自らを登録者数百万人越えの動画投稿者とでも思っていそうなノリで喋るのだから涙を禁じ得ない。

テスト前ということもあり、本来であればマナー違反を注意してくれるはずの図書委員の姿もなかった。

連中の襲来により、元々いた他の利用者は次々と席を立つ。とうとう残っているのは俺だけとなってしまった。

外来種に追いやられた在来種のようにこの場所追い出されるのは癪だが、これ以上ここにいても何の意味もない。いや、ストレッサーが存在するだけ、むしろマイナスの意味が生まれてしまう。

俺は机に広がる荷物をしまい、自宅に退散することにした。俺の帰宅を待つ漫画やゲームの誘惑に耐えられるだろうか?


席を立つと同時に、引き戸が開く音がした。

今度は誰がやってきたんだ? 連中の仲間か? それとも在来種の小魚か?

新規訪問者にちらりと目をやる。その異様な風貌に気付いたのは俺だけだった。

連中は周りの環境など毛頭気にせずに会話を続けている。


その訪問者が三年生の女子生徒ということは、制服とリボンの色で分かった。

身長は150cmほどの小柄な体格だ。

頭部にすっぽりと、円錐型の黒い覆面を被っている。

その覆面の正面には「帰」の一文字がラバープリントされていた。


謎の人物の登場に、俺は驚き呆れることしかできなかった。

いったい何者なんだ、あいつは?

何故あんな格好をしているんだ?


謎の覆面女……もとい上級生だから一応敬称を付けて、覆面さんは、俺には見向きもせず足早に連中の元へ向かっていった。

そして未だに覆面さんに気付かない輪の中にその身を割り込ませる。

ようやく彼女の存在に気付いた連中は、一様に目を丸くさせた。今だけは俺もあいつらの気持ちが分かる。

謎の人物の登場に会話は急停止し、図書室には久方ぶりの静寂が訪れた。


その静寂の中、覆面さんが口を開く。


「あのー……。餌やりコーナーとかあります?

図書室がいつの間にか猿山に改修されてたので……。餌やりとかできたらいいなーって思って…… 」


連中はお互いに顔を見合わせる。唐突に意味不明の質問を投げかけられたのだから、戸惑うのは当然だろう。

そして嘲笑混じりの意地が悪い笑みを浮かべ、クスクスと笑い合った。

キラキラ輝く青春ぶった外見と振る舞いでいるくせに、その表情からは性格の悪さが滲み出ている。

(はた)から見ているだけでも不快になる態度だ。しかしこれが、火に油を注ぐ結果となってしまった。


覆面さんは両手を勢いよく机に叩きつけ、声を(あら)らげた。


「閑談せずに帰宅しろーーーッッッ!!!!!」


その咆哮とも言える一声を間近に受け、連中の笑みが引きつる。

どうやら覆面さんはマナー違反を注意してくれているようだ。

ただ、その声量は誰よりも大きい。


「は? こいつヤバくね?」


連中は一転して困惑した表情を浮かべた。まるで覆面さんが悪いことをしているかのように、仲間同士で視線を送り合う。

覆面さんがヤバいことは俺も同意してやる。しかしそもそもマナーを守っていなかったのはお前らだ。被害者面は止めろ。

俺は心の中で覆面さんを応援していた。言いたいことを代弁してくれた彼女を見ていると、胸のすく思いだ。


「ヤバいのは貴様らの人間性と偏差値だ! その双方とも地を這うがゆえ場所も気にせず"うちら下手な芸人より面白いよねw"スタンスで喋れるんだろ!? 図書室は勉強する場所だ!」


「は? 今から勉強しようとしてたんですけど」


前髪をスプレーでガチガチに固めた女が半笑いで反論する。


「勉強などと予防線を張っておきながら、どうせ読む本は『男女のからだのしくみ』だろ!?」


「いや普通にテスト勉強だから!」


「ペラペラとめくったあとは"じゃあ次は実習始めようぜ♡"とか寝惚けたこと抜かして書架の間で身を寄せ合うんだろ!?

さんざん騒いでた自分を棚に上げて"声出したらお仕置きな♡"とかサディストぶったサブい言葉責めをするんだろ!!」


「どんな妄想だよ! 人間性がヤバいのはアンタでしょ!」


覆面さんは小型犬のように、小さな体でキャンキャンと語気を強める。

俺はその発言内容に疑問を抱いていた。

奴らのマナー違反を指摘してたはずが、いつのまにか方向性が変わっているような……。


「なんなんこいつ。キモ……」


連中は引きつった顔を見合わせると、ついに席を立って図書室から出ていった。

感情を表すように、荒々しく引き戸が叩きつけられる。物に当たるとは愚かな奴らだ。

覆面さんは最後の一人の退室を見届けると、満足げに頷いた。


俺は心の中で覆面さんに感謝を述べた。

発言内容には引っかかる部分がありましたが、何はともあれ連中が出て行ってくれました。

あなたが誰なのかは存じ上げませんが、ありがとうございます。

直接話しかけるのはかなり怖いので、このような形での御礼になることをお許しください。


俺は再び机の上に勉強道具を広げた。

覆面さんが尽力して取り戻してくれたこの環境を使ってあげることが、彼女への計らいになるはずだ。

しかし、覆面さんが俺の方を見ている。

いや、覆面を被っているため視線を向けているかは定かではない。「帰」のプリントがこちらを向いている。


……まさか次のターゲットは俺か?

覆面さんは俺の方に近付いてきた。

逃げ出そうにも体が動かなかった。蛇に睨まれた蛙のように。

俺は何もしていない。絡まれるいわれはないはずだ。


覆面さんは机を挟んだ俺の正面に立つと、一言だけ呟いた。


「キミの目は……昔の私にそっくりだよ」


「は!?」


覆面さんはそう言い残し、図書室から出ていった……。

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