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残照

作者: 反吐

それは10月の始まり。

残暑もほとんど感じなくなったあたり、いつもより肌寒く感じる秋の出来事だった。


私は高校受験に追われる身で、四方八方に苛立ちが向いていたせいか、 悔いても戻ってこない、大切な何かを失ってしまった。


「おはよ。」

朝日が心地よく、長袖がちょうどよく馴染んだ朝。

私へと声が投げかけられた。

キザっぽくて、だけれど違和感を感じない。でもとにかく私からしたら胡散臭くてたまらない声。


私はその時、投げかけてきたそいつを横目で睨み、何も返さず足早に去ってしまった。

今思えば些細なことだったが、そこから途端に彼との溝が深まっていってしまった。


彼は第三者から見ても、圧倒的に優秀で恵まれた人間だった。

ずっと人に囲まれているような性格が良さ。それに文武両道も兼ね備えた見本のような存在だった。


だから、余計に。私は苛立ってしまったのかもしれない。


私のような捻くれた性格の、ましてや友達の一人もいない人間に、関わってきてほしくなかった。


だが、来る日も来る日も彼は私に話しかけてきた。

どれだけ無視しようと、睨みつけようと。

あの変わらない微笑みと声で、何度も。


でも、私はそんな彼がずっと、ずっと気に食わなかった。


何度目かの朝、私は感情が抑えきれなくなり、彼に強く言ってしまった。

「ほっといてよ!!! …もう関わってこないで!!」

そう言ってしまい、私は涙をこらえきれずに、逃げるように学校に走っていった。


そこからしばらく、私の周りからは彼がいなくなり、以前と変わらない何の変哲もない日常が続いた。

時々見かける彼は、普通に他の男子生徒と笑い合っていた。

それを見て、首を締め付けられるような、何かを感じた。


無意識に周間のシワを深くさせる。

私は教室の隅で読んでいた本をバタリと閉じて、よった眉間を解すように、額に手を当てた。


またしばらくして、秋が本格的に深まった、紅葉の見頃くらいの時期。


私は変わらず、彼を見るたびに不快な感覚に苛まれた。

そこで少しだけ。寂しいと感じていることに気がついた。


……友情とか、くだらない。


そう冷笑していた私にとって、自分が人間との関わりに重要性を持っていたのが、許せず気持ちが悪かった。


そんな自分の中に渦巻いている濁った感情が晴れない日の放課後。

あまり人がいないという理由で帰宅路にしていた静かな歩道で、例の彼を見かけた。


いつもと同じくかかわらないように足早に帰ろうと足を進める。


すると、もう一人分影があると気づいた。

(誰…?)

好奇心からか不思議に思い、近くにあった木の辺りで足を止めた。

そこで見えたのは彼と、自分と同じくらいの年齢の知らない少女だった。


「好きです……!先輩!」


……気持ち悪くて仕方がない。でも、何故か目が離せず、いつもだったら一人嘲笑していたのに。そのときは焦燥感とあと、何かを抱いていた。


思わずしゃがみ込む。

立ち眩みがするような感覚になり、木に体を押し付ける。ドン。鈍い音がした。

決して大きくはない音だったが、彼はそれに気がついたのか、目線を少女から少し動かし、こちらを見た。


そして、目が合う。


きづかれた。

そう感じた。だが立ち眩みするような感覚のせいで足が動かず、そのまま呆然と立ち尽くす。


彼を見る。すると、彼は友達に向けるような純粋な眼差しでもない。何かを必死にこらえるような、だけれども優しい微笑みで、こちらを見ていた。

彼はすぐ下を向き、 震えた、優しい声で、「……ごめんね」と囁く。

そして走り去っていく。


その時、私はまだ、「……ごめんね」が誰に向けられた言葉だったのか、わからなかった。


「ごめんね」の次の日、私は濁った心の中を掃除できないまま、学校で変わらず机と本に顔を埋めていた。

彼は今日、友だちの男子生徒たちと私の席の少し離れたところで会話していた。


だけれど何故か、雰囲気が暗く感じる。全員曇った表情をしており、いつものような明るい大きな声などは聞こえてこなかった。


「お前... 本当なのかよ」

彼の友達である男子生徒の沈んだ声が聞こえてきた。特に耳を澄ましていたわけでは無かったが、クラスの明るい雰囲気とは合わないその声が、この空間に重く響く。

「………離れたくねえよ、」

他の男子生徒からもしゃがれた今にも泣きそうな声が発せられた。

彼らのグループ以外からも彼らに関心が集められたのか、一気に静かな空間となった。


私は不思議と無意識にページを捲る手を止めた。


「どうかしたの?」

学級委員の明るい女子生徒が彼のグループに質問を投げかけた。

廊下の喧騒さをいつもの数倍感じるくらい、しばらくの間クラス中が静寂に包まれる。

すると、彼が重い口を開く。


「転校、するんだ。」


その言葉に、私は頭を鈍器で殴打されるような衝撃をうける。


彼以外では、どんなクラスメイトがそんな話をしていて、クラスの雰囲気が壊れようと、私は一切の関心を抱かなかった筈だ。

痛む頭と心拍が大きく伝わってくる身体を抑えながら、私は自分に芽生えていた、奇妙な感情の正体について察したのである。


(……恋)


理解したくなかった。


私を見てほしくない。

私に関わらないで良い。

そう思っていたのに。


私は止めていたページの端を強く握りしめ、顔をより深く参考書に埋めた。

その感情を誤魔化すことで精一杯で、その後の起こったことは何も覚えていない。


彼の転校はわずか1週間後らしく、その短い期間内、クラスはすぐに笑顔を取り戻した。

(あと……3日)

毎日そんな事を考えながら、時は無情で、あっという間に転校当日まで過ぎていった。


私はこの一週間、過ぎていく日々に胸を針で刺されているような感覚に陥る。

自分の中に芽生えてしまった感情が気持ち悪くて、目の下のクマが自身の感情を表すかのように黒くなっていった。


彼の転校一日前。

私は一分、一分と過ぎていく次第に大きな苛立ちを感じ、動揺を抑えて隠した。

すぐに終礼が終わるチャイムが鳴る。

彼はクラスのメンバーと笑いながら早々に帰宅し始めた。


私は掃除当番だったので、彼との別れを許容できず、少しだけはじめて彼と会いたい。そう思ってしまった。


掃除が始まる。

私は彼への思いを誤魔化すように、荒く箒で彼の席の近くを掃いた。


でも、 そんなことで感情がまとまる筈もなく、過ぎていく時間を恨む。


そして、どんどん彼に会いたい、そう思う気持ちが増幅していった。

掃除が中盤と差し掛かったあたり。私は我慢できず、分厚い罪悪感を感じながら、掃除当番だった子に、用事があって早抜けしなければならないと嘘をついた。


私は、急いで教室を飛び出した。


いつもの帰宅路まで走った。

彼はもういないかもしれない。

けれど諦めて、なんにも果たせないまま彼と別れるのは、今よりもずっと。ずっと苦しいだろう。


随分と日が沈むのがはやくなった空が、どんどん茜色に近づいてゆく。


帰宅路の入った先、バス停の屋根がある辺りまで、駆けていく。


すると、一人で立ち止まっている、彼を見つける。


息が荒い。けれど、彼を見つけられた歓喜で、瞳を潤した。


「!!」


声にならない。

だけれど酷い顔した私に、彼は気付いたようだ。


彼は途端にあの時の顔とも違う、あの何かを必死にこらえた微笑みとも違う、純粋できれいな微笑みをこちらへと向けた。


それに、心を揺さぶられる。


ゆっくりと歩きながら、 彼のいるバス停の屋根の辺りへと向かった。

車の排気音が、遠くから優しく響いている。


「大丈夫?」


彼のもとへ行くと、彼は不格好な私を見て吹き出しながらそう聞いてきた。


私は低い声をしどろもどろになりながら返答する。


彼はまた吹き出す。

あんなに彼が苦手だった筈なのに、今は彼に会えたことが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。


しばらく笑い続けていた彼の顔をじっと見る。

柔らかい秋風に揺らぐサラサラな髪。優しくこちらを見つめる瞳。


心の奥に光が灯ったような、暖かい感覚。


これが、恋なんだと、そうまた理解した。


彼は私の、涙で湿った髪を優しく耳にかける。

秋の風が、頬を掠めた。


そして、こう囁いた。


「好きだよ。」


彼と初めてあったのは、かなり昔だった。

私は昔から無愛想で捻くれた子供だったので、彼とは一定の距離感がずっとあった。


でも、思い返してみると、 私はずっと彼にこの感情を向けていたのだと思う。


彼の一言、たった四文字。


それのおかげで、今までに感じた淀んだ感情も全て解消されていく。


返す言葉なんて、一つしかない。


これからだって、ずっと。


「…私も」


彼の輪郭をなぞった。


彼は私の背中に指を滑らせ、私の頭を自らの胸へと誘う。

彼の心臓の早い音を感じ取れる。

私も、赤くなった頬を隠すように、彼の胸へ深く飛び込んだ。


肌を刺すちいさな冷たさも_満たされた高揚感でかき消される。


静かな空気の中、風の音さえも優しく耳に届く。


彼と同時に、空を見上げる。

彼のゆっくりとした吐息が、私の耳元に触れる。


_茜色の空が、深くなっていった。


茜色の空が私の頬のように赤っぽくて、彼と二人でまた笑い合う。

茜色の空が、私たちの頬と心を染め上げ、二人の時間が溶けていった。


そこで私ははじめて、自分の心に抱いた震えを、ただ素直に受け止めた。

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