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追放された暗殺者、勇者が堕ちる瞬間を見届けることにした  作者: 妙原奇天


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第9話 影の継承

 灯台の中に、光と闇が混ざっていた。

 炎の色でも、加護の白でもない。

 赤黒く濁った“光の残骸”が、リュークの体から滲み出ている。

 まるで、勇者が最後に吐き出した怨嗟がそのまま形になったようだった。


「……お前が、それを継いだのか」


「継いだ? 違うさ、クロウ」

 リュークは笑った。笑いながら、指の欠けた手を掲げた。

 「これは呪いだ。お前が撒いた“影”を、あの光が喰ったんだ。

  そして今、影と光が俺の中で腐り合ってる」


「それを止めろ。お前の体が持たない」


「止める? どうしてだ。

 俺たちは、あの勇者の劇を続けるために生まれたんじゃないのか?」


 光が爆ぜる。

 足元の石が溶け、灯台の壁にヒビが走った。

 吹き抜けの窓から雨が吹き込み、火のような加護の粒が散った。


 リュークの影が歪む。

 その影の中から、もう一つの顔が覗いた。

 勇者の顔だった。

 焼け落ちたはずのその眼が、まだ生きているように輝いている。


「クロウ……お前か。まだ観客を気取っているのか」


 声が、二重に重なった。

 リュークと勇者の、二つの喉から同時に響く。

 俺は刃を構えた。


「観客はもういない。残ったのは、幕の外に立つ役者だけだ」


「なら、役者らしく踊ってみせろ。影の王よ!」


 次の瞬間、光が走った。

 リュークの右腕が爆ぜ、加護の光が鞭のように伸びてくる。

 俺は身をひねり、壁を蹴ってかわした。

 煙と雨が混ざり合い、息を吸うたびに肺が焼ける。


「お前が……勇者を殺したのか?」


「殺してはいない。あいつは自分で落ちた。

 俺はただ、その落ちる音を聞いていただけだ」


「ならば次は、お前の番だ!」


 光が地を穿ち、床が崩れた。

 足場がなくなり、俺とリュークは同時に落下した。

 下は暗闇。海風の唸りと波の音が近づく。

 落ちながら、俺は短剣を逆手に構えた。

 闇の中で、赤い光が眼を狙う。


 ——刃と光がぶつかる。

 火花が散り、世界が一瞬だけ白く染まった。



 目を開けた時、波の冷たさが肌を刺した。

 灯台は崩れ、海に沈みかけていた。

 リュークの姿は見えない。

 ただ、赤い光の欠片が水面に浮かび、ゆらゆらと揺れている。

 あれが、勇者の残骸。

 “加護の核”——神の力の断片。


 俺はその光を掴んだ。

 掌が焼けるように熱い。

 それでも離さなかった。

 光は、ただの力じゃない。

 ——記憶だ。願いだ。罪だ。


「お前は……まだ、終われないのか」


 その時、背後から声がした。


「クロウ!」


 振り向くと、波打ち際にリディアが立っていた。

 衣は濡れ、肩で息をしている。

 手には、かつての“祝福の印”。

 割れていたはずの石が、微かに光っていた。


「神はもう沈黙しました。

 けれど、加護の力は残っている……それは、誰かの祈りの形。

 もしその光が勇者様の残したものなら、まだ救えるかもしれません!」


「救う? ……お前はまだそんなことを言うのか」


「ええ。

 あなたが影に堕ちても、私の祈りは届くと信じています」


 リディアが両手を差し出した。

 彼女の掌から柔らかな光が溢れ、俺の手の中の“核”に触れた。

 赤黒い光が震え、やがて静かに白に戻っていく。

 勇者の残した力が、少しずつ消えていった。


「……終わったのか」


「ええ。でも……」


 リディアの声が震えた。

 白い光の中心で、ひとつの影が浮かんだ。

 勇者の面影。

 彼は微笑んでいた。

 静かに、穏やかに、誰にも見えないほどに。


「ありがとう、リディア。

 ありがとう、クロウ。

 俺は……ここでようやく、終われる」


 その声が消えると同時に、光も消えた。

 海は静まり返り、波の音だけが残った。



 翌朝。

 リディアは聖堂跡へ戻り、俺は港を歩いていた。

 マーヤが見つけてきた古い地図を差し出す。


「見ろよ。北の山脈の向こうに、“神の遺跡”って印がある。

 あの加護の出所は、きっとそこだ」


「まだ続けるのか、マーヤ」


「劇が終わったら、次の幕だろ?

 お前は脚本家なんだろ。……それとも、観客に戻るか?」


 俺は地図を受け取り、折りたたんだ。

 灰色の空を見上げる。

 王都の上には、もう煙はない。

 だが、風の匂いはまだ焦げていた。


「観客はもういない。

 今度は、俺が舞台に立つ番だ」


 マーヤが笑った。

 「そのセリフ、あんたらしくないね」


「らしくなくていいさ。

 影は光がなきゃ存在できない。

 でも、光が消えた世界で影がどう生きるか……それを確かめたい」


 遠くで、聖堂の鐘が鳴った。

 新しい朝を告げるように。



 その音を聞きながら、俺は歩き出した。

 光を捨てた国で、影がどこまで人を救えるのか。

 神がいなくても、祈りが消えても——

 まだ、誰かの涙を乾かす方法があるかもしれない。


 影の旅は、ここから始まる。


次回 第10話「神の遺跡」

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