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追放された暗殺者、勇者が堕ちる瞬間を見届けることにした  作者: 妙原奇天


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第4話 王都潜入

 王都に、妙な静けさが流れはじめていた。

 昨日まで英雄を讃えていた市場の歌が、今日は途絶えている。

 代わりに聞こえるのは、囁きだ。

 ——「勇者は呪われた」「神に見放された」

 その声は小さい。だが、影は小さい音を好む。

 俺の計画は、ようやく呼吸を始めた。



 夜の王都は、月明かりがある分、昼よりも賑やかだ。

 密売人は声を潜め、貴族の子弟は仮面舞踏会の帰り道で愚かな歌を口ずさむ。

 俺は彼らの誰にも紛れられる。

 今夜の顔は、“ラヴェン商会の副代表”。

 偽の書状と印章、王室の通達を模した命令書、

 そして、笑顔。表の人間がもっとも信じやすい仮面だ。


 行き先は——王都神殿。

 そこには勇者を支える神官たちの集会がある。

 “勇者の加護を信じ続ける者たち”の最後の防衛線だ。

 信仰は脆い。疑いがひとつ入れば、砂上の塔になる。



「おや、あなたが“供物商会”の方ですか?」

 神殿の裏門を守る神官が、半信半疑の顔で俺を見た。


「ああ、聖堂長の命で来た。勇者様の加護を安定させるための儀式用香料を」


 俺は包みを見せた。

 中身は香料——に見せかけた、“幻香”。

 祈りの場に焚けば、見る者の心の奥にある“恐怖”の形を光として浮かび上がらせる。


 神官は目を細め、香りを嗅いだ。

 そして、満足げに頷いた。

 「……なるほど、清らかだ。入ってよい」


 俺は礼をして、石畳を踏みしめる。

 神殿の中は眩しすぎた。

 白い大理石の柱、金で縁取られた聖句、燭台の炎。

 だがその奥に、祈る声よりも強い“恐れのざわめき”が漂っていた。

 勇者が壊れ始めているのを、誰もが知っている。

 それでも、信じたい——信仰とは、そういう“諦め”の形だ。



 祭壇の奥。

 俺は香料を焚き、煙が立ち昇るのを見届けた。

 白い煙は天井の高みで赤く染まり、ゆっくりと形を変えた。

 人の形。剣を掲げ、光を振りまく——勇者だ。

 だが、その顔が次第に歪む。

 血の涙を流し、笑いながら、背後の神像を焼く。

 神官たちの悲鳴が響く。


「加護が……加護が堕ちた!」


 予定通りだ。

 俺は小声で呟く。


「——舞台は整った」


 だが、そこで背後の気配に気づいた。

 香の煙に混ざる、異質な光。

 白ではなく、銀。

 リディアだった。



「やはり、あなたでしたか……クロウさん」


 振り返ると、聖女の法衣が闇の中で揺れていた。

 彼女の手には、俺が置いたはずの幻香の包み。

 すべて見られていたのか。いや、見抜いていたのだ。


「祈りの場に幻惑を? あなたは何を望むのです?」


「望みはない。ただ、“真実”を見せただけだ。

 勇者が恐れているものを——神官たちにも見せた」


「恐れ? 勇者様が恐れているのは、敵でも魔王でもない……」


 リディアは一歩近づく。

 その目は、涙でも怒りでもない、ただ真っ直ぐな光だった。


「——自分自身です。

 あの方は、誰よりも弱さを憎んでいる。

 あなたの幻は、それを暴いた。だから壊れてしまう。

 そんなことをして、あなたは何を得るのですか?」


「何も得ない。俺は、観客だ。舞台が崩れるのを見届けるだけ」


「それを“正義”と呼ぶのですか?」


 彼女の声が震えた。

 信仰が崩れはじめている音だった。

 俺は短く息を吐いた。


「正義なんて、誰かが言葉にした時点で嘘になる。

 俺は、嘘が暴かれる瞬間を見たいだけだ」


「……それがあなたの生き方なのですね」


 リディアは小さく祈りの印を結んだ。

 そして、俺の手の中に、昨日渡した“祝福の印”の欠片を戻した。


「これを返します。

 あなたの手には、もう“加護”は要らないのでしょう」


「……ああ。加護は呪いと同じだ。

 信じた瞬間に、縛られる」


「でも、祈りは縛りません。

 祈りは、ただ誰かを想うこと。——それを、あなたは忘れている」


 彼女はそう言って、去った。

 香煙の中、彼女の足跡だけが淡く光を残していた。



 夜が更け、神殿の外でマーヤが待っていた。

 「どうだった?」と訊かれ、俺は肩をすくめる。


「聖女は……想像以上に賢い。

 そして、危うい。あの光は、勇者よりも深い闇を抱えている」


「闇のある聖女、ってのは嫌いじゃないけどね。

 で、次はどうする?」


「次は、“噂の王”を仕上げる。

 民衆が勇者を恐れ始めた今、もう一押しだ」


「お前、ほんとに手を汚さねぇな」


「汚すほどの血は、もう流れた。

 俺は、それを洗う役だ」


 マーヤは苦笑した。

 港の方から、遠く鐘の音が響いた。

 王都がまた一夜、腐っていく音だった。


 俺は空を見上げた。

 月が、ちょうど欠け始めている。

 勇者が堕ちていく速度と、同じくらいの速さで。


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