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追放された暗殺者、勇者が堕ちる瞬間を見届けることにした  作者: 妙原奇天


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第12話 影の終幕

 夜明けの光が、山と街の境を染めていた。

 王都を離れて三日。

 俺は北東へ向かって歩いていた。

 目的はない。けれど、終わらせなければならないものがあった。

 ——自分という「影」の存在を。


 草原の風はやさしく、空は澄んでいる。

 人が祈りを失っても、世界は止まらない。

 それでも、どこかで誰かが「見届けること」をやめた時、

 世界は本当に死ぬのだと、今は分かる。



 途中の村で、老人に出会った。

 古い石橋の修復をしていたらしい。

 俺の顔を見るなり、彼は笑った。


「お前さん、旅の人か。王都の騒ぎももう静まったと聞くが」


「騒ぎは終わった。だが、跡は残る」


「跡があるうちは、生きてる証拠だよ」

 老人は、土に埋もれた石を撫でながら言った。

 「昔、神の使いを名乗る者が来てな。

  橋を壊して、“この川は罪を流す聖域だ”って言ってた。

  それでも人は橋を直した。罪より、向こう岸にいる家族の方が大事だからな」


 その言葉に、俺は微かに笑った。

 祈りとは、そういうことなのかもしれない。

 誰かを救うよりも、誰かと繋がるためにある。



 夜、丘の上に火を焚いた。

 焚き火の音は静かで、風が通り抜けるたびに火の粉が星のように散った。

 マーヤが残していった旅袋から、古い紙を取り出す。

 勇者の紋が描かれた手記。

 彼がまだ正気だった頃に書いたものだ。


《人は光を求める。だが、光に焼かれて死ぬこともある。

 影は恐れられる。だが、影こそ人の輪郭を守るものだ。》


 ……そうか。

 勇者は最後の瞬間まで、自分の“影”を見ていたのかもしれない。

 なら、俺の役目は最初から決まっていた。

 壊すためじゃない。

 「見届けるため」に、影は生まれたのだ。



 焚き火の炎が小さくなった頃、

 闇の中から、誰かの足音がした。


「……探しましたよ、クロウさん」


 リディアだった。

 肩までの髪が風に揺れ、手にはランプを持っている。

 その光が、影のような俺を柔らかく照らした。


「どうしてここに」


「あなたが、“終わりを見に行く”顔をしていましたから」

 彼女は少し笑って、隣に座った。


「王都は落ち着きました。

 マーヤさんは商会を始めて、子どもたちの面倒を見ています。

 ……あなたの話をすると、皆が笑うんです。

 “影の男が世界を救った”って」


「救ってなどいない。

 ただ、照らされていただけだ」


「でも、あなたがいなければ、誰も気づけなかった。

 神の沈黙も、人の祈りも、同じ“声”だということに」


 リディアはランプを見つめながら言った。

 火が小さく揺れる。

 その炎に、勇者と俺、そしてリディアの影が重なった。



「クロウさん」

 「なんだ」

 「あなたにとって、“影”とは何ですか」

 俺は少し考えてから答えた。


「……影は、終わらないものだ。

 光が消えても、記憶の中に残る。

 たとえ誰も見ていなくても、存在の形をなぞる。

 だから影は、生きている証なんだ」


 リディアが静かに頷いた。

 「それなら、あなたはずっと生き続けますね」

 「そうかもしれない。

  だが、いつかこの影が誰かの祈りになれば——それでいい」


 その言葉に、彼女は微笑んだ。

 炎が小さく鳴り、夜風が吹く。

 星空が広がり、遠くで朝の鳥が鳴いた。



 夜が明ける。

 丘を下りる時、リディアがランプを差し出した。

 「これを持っていってください」

 「いいのか」

 「はい。影が消えるのが怖くなったら、灯してください。

  きっとまた、誰かの声が聞こえますから」


 俺は受け取り、頷いた。

 ランプの火が朝日に溶けていく。

 その中に、勇者の微笑みが一瞬だけ見えた気がした。


 俺は歩き出す。

 背後でリディアが祈りの言葉を口にする。

 それは神ではなく、ただ世界への小さな願い。

 ——どうか、影が誰かを導きますように。


 その声を背に、俺は新しい朝の光の中へ消えた。

 影はもう、逃げることをやめた。

 光の下で、生きることを選んだ。


 世界は静かに続いていく。

 祈りの残響とともに。


 ——終幕。

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