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追放された暗殺者、勇者が堕ちる瞬間を見届けることにした  作者: 妙原奇天


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第10話 神の遺跡

 北の山脈は、灰色の雲に覆われていた。

 王都を離れて五日。

 風は冷たく、足元の雪は膝まで埋まる。

 それでも、俺とマーヤは止まらなかった。

 地図の端に記された「神の遺跡」という言葉——

 あの加護の源を辿る唯一の手がかりだった。


「まるで、世界の終わりに向かってる気分だね」

 マーヤが息を白くして笑う。


「終わりじゃない。始まりの場所だ」

 俺は雪を踏みしめながら答えた。


「始まり?」


「加護が生まれた場所。

 つまり、“神が造られた”場所でもある」


 マーヤの目がわずかに動いた。

 「……神を造る、ね。勇者の国が聞いたら発狂するよ」


「もう誰も信じちゃいない。

 信仰は死んだ。残ったのは、仕組みだけだ」



 夕暮れ、山の裂け目に洞窟を見つけた。

 雪に埋もれた入り口には、古い碑が立っている。

 石に刻まれた文字は、半分崩れて読めない。

 かろうじて残っていたのは三文字——「創」「加」「殿」。


「“創加殿”……つまり、“加護を創った神殿”か」

 俺は指先で文字をなぞった。

 石は生き物のように冷たく、微かに脈打っている。


 中に入ると、空気が変わった。

 静寂が重く、耳鳴りのように低い音が響いている。

 壁には古い紋章。王国の印ではない。

 その中央に、見覚えのある模様があった。

 ——勇者の加護の紋と同じ形。

 だが、色が違う。

 黒と金が絡み合う、まるで「影と光の融合」のような意匠。


「ここで……作られたのか」

 俺の呟きに、マーヤがランプを掲げた。

 「何か書いてあるよ」


 壁に彫られた碑文を読む。

 そこには、こう記されていた。


《神は存在せず。

 人が神を求めた時、影は光を模倣した。

 加護とは、恐れの集合体である》


「……神は“影の投影”だったってことか」


「信仰ってやつの、裏側だね。

 人が怖れたものを形にして、“神”と呼んだ」


「勇者は、その模造神の力を使っていた。

 だから壊れたんだ。

 神は外にいない——人の中にいたんだ」


 その時、奥から微かな声がした。

 風ではない。

 誰かが、祈りの言葉を唱えている。



 洞窟の最奥、広い円形の部屋。

 中央に立つのは、白い衣をまとった影。

 その背は細く、肩までの髪が風に揺れる。

 ——リディアだった。


「来ると思っていました」

 彼女の声は静かだった。

 だがその足元には、無数の魔法陣が描かれている。

 光と闇の文様が絡み合い、淡い脈動を放っていた。


「お前……ここで何をしている」


「勇者様の残した“加護の断片”を集めていました。

 そしてようやく、理解したのです。

 この遺跡こそ、神が造られた場所。

 ——なら、私はもう一度、祈りをやり直せる」


「やり直す? それは……危険すぎる。

 ここに残る力は、加護を再現するための仕組みだ。

 制御できるものじゃない」


「だからこそ、必要なのです。

 あの方が壊した“信仰”を、この場所で正したい」


 リディアの瞳が、かつての勇者のように燃えていた。

 光が強すぎると、影は薄れる。

 ——彼女は、光の側から堕ちようとしている。


「リディア、やめろ。

 お前が神を再び呼べば、この世界は同じ過ちを繰り返す」


「私は、信じたいんです。

 あなたが“影”であるように、私は“光”でありたい。

 それが私の祈りです」


 足元の魔法陣が輝き始めた。

 光の帯が彼女の体を包む。

 マーヤが後ろで息を呑んだ。


「クロウ、止める気なら今だよ」


 俺は答えなかった。

 リディアの目が、真っ直ぐ俺を見ていた。

 迷いのない、祈りの目。

 それを壊す覚悟が、自分にあるのか分からなかった。


「……リディア。

 お前は、神なんかじゃない。

 でも、お前の祈りは——俺には見える」


 俺は彼女の腕を掴み、魔法陣の中心から引き離した。

 光が暴走し、洞窟全体が揺れた。

 天井から岩が崩れ、轟音が響く。


「離して、クロウ! 私は——!」


「もう十分だ! あの勇者が壊したのは神じゃない。

 “人間の信仰心”だ。お前まで壊す必要はない!」


 リディアが泣いた。

 その涙が魔法陣に落ち、光が一瞬で消えた。

 闇が戻る。

 残ったのは、沈黙と、彼女の震える肩だけだった。



 外に出ると、夜明けの光が差していた。

 雪が溶け、空は淡く青い。

 マーヤが後ろで肩をすくめる。


「危なかったな。もう少しで、世界が二度目の破滅だ」


「世界は壊れないよ。

 壊れるのは、いつも“信じすぎる心”だけだ」


「……お前、影のくせに優しいね」


「優しさじゃない。観客の務めだ。

 誰かが舞台を見届けなきゃ、物語は終われない」


 リディアが静かに立ち上がる。

 その瞳は泣きはらして赤く、それでも穏やかだった。


「ありがとう、クロウ。

 あなたがいたから、私はもう“光”に縛られません。

 これからは、自分のために祈ります」


 俺は頷いた。

 そして、空を見上げた。

 雪雲の隙間から、一筋の陽光が差していた。

 その光は、まるで影の上を撫でるようにやさしかった。



 帰り道、マーヤが呟いた。

 「結局さ、神って何なんだろうね」


「さあな。

 けど、こうして誰かが誰かのために泣くなら——

 それが一番人間らしい“神の証”なんだろう」


 雪を踏みしめながら、俺は歩き続けた。

 影の旅は、まだ終わらない。

 けれど、胸の奥で何かが静かにほどけていく。

 それが、祈りに似た感情だと気づくのに、少し時間がかかった。

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