表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
9/32

素直じゃない声


 昼下がりの中庭に、陽気な声が響いた。


 「おーい、スミレ! 今日も相変わらず仏頂面だなー」


 その声に、振り向く者はいなかった。

 けれど“スミレ”という名を呼ばれた本人は、洗濯物を干す手をわずかに止める。


 「あれ? 無視か? つれねぇなあ……」


 声の主は、ユウト。

 孤児院では年長組の“兄貴分”として頼られる存在だ。明るくて面倒見がよくて――少しお節介。


 そして最近、なぜかスミレに絡んでくる。


 「そんな顔してっとシワ増えるぞー」


 「……そう」


 ぽつりと返すと、ユウトはにやりと笑った。


 「おっ、反応した。返事があると会話になるな~。よし、今日も生存確認完了っと」


 「勝手に始めて、勝手に完了しないで」


 「じゃあもうちょい付き合ってくれる?」


 「……暇なの?」


 「違うなー。“気になる子がいたらちょっかい出したくなる病”だな。重症かも」


 その軽口に、スミレはため息をついた。けれどそれは、ほんの少し――音が柔らかかった。


 


***


 


 スミレは、ユウトが苦手だった。


 いや、正確には「苦手だと思っていた」。


 人の懐に簡単に入ってくる。距離感がない。冗談が多い。言葉の裏を探ってしまう自分には、眩しすぎた。


 けれど、彼の視線はまっすぐだ。

 茶化しながらも、子どもたちの様子に目を配っている。口数は多いが、誰かを傷つけたことはない。



 だからだろうか、その声が――ときどき、少しだけ、安心できる。


 


***


 


 「あー、それにしても暑いよな。スミレ、これ持ってた?」


 ユウトが差し出したのは、濡らして冷やしたハンカチだった。

 スミレが首を傾げると、彼は笑って見せる。


 「手がカサついてたろ? 冷やしとくと少しマシになるって」


 「……見てたの?」


 「見てたっつーか、気になっただけ。あ、別に変な意味じゃねぇよ?」


 スミレは、受け取った布を見つめた。


 自分が何かに気づかれたこと。心配されたこと。それを言葉にされること――


 どれも、いつの間にか忘れていた感覚だった。


 


***


 


 その日の夜、スミレは自室の小さな机に向かいながら、ノートを開いていた。


 ページの隅に、ぼんやりと書かれた文字。


 〈肌の保湿に効果のある植物〉

 〈水と油の混ぜ方〉

 〈自然素材の乳化法〉


 あの世界で覚えたこと。化粧品の研究。実験。開発。

 忘れていたわけじゃない。ただ、思い出す必要がなかっただけだ。


 あの世界で覚えた知識が、手のひび割れを見て――静かに意味を持ち始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ