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余生、もう一度  作者: 金雀枝
プロローグ:その瞳が映す世界
6/23

沈黙と予感の夜

静かな夜だった。


神殿の灯はすでに落とされ、街のざわめきも遠い。

風の音すら届かぬようなその部屋で、少女は一人、眠っていた。


ベッドの上。小さく膝を抱えるようにして。

呼吸は浅く、まぶたはほんのりと震えている。


 


スミレは、夢を見ていた。


いや、夢というにはあまりに“現実的すぎる”光景だった。


 


――白い蛍光灯の下。

――狭い部屋。布団の中で、息をするだけの時間。

――枕元の写真立て。顔は滲んで見えない。

――何か、温かい手が額に触れたような気がして――


 


「…………」


 


誰かの声。遠くから、かすかに届いた。


けれど、それが誰なのか、思い出せなかった。


声も、言葉も、知っているはずなのに。


 


次の瞬間、光が消える。

視界は闇に沈み、足元が崩れ落ちていくような感覚。


スミレの心が、再び“今の世界”に引き戻される。


 


――ごとん。


 


小さな音に、まぶたが微かに動いた。


まだ意識は浅い。けれど、確かに身体は“此処”にあると訴えている。


夢の中では思い出しかけた“何か”が、現実の中ではまた遠ざかっていく。

そうして少女はまた、沈黙の中に戻っていく。


 


だがその静けさの裏で、もうひとつの場面が動いていた。


 


神殿の地下資料室。

蝋燭の灯りが僅かにゆらめくその部屋で、記録係の男が羊皮紙を並べていた。


「――保護対象、種族未定。

 分類:亜人種・外部流入系? 混血傾向あり。

 加護:身体系、未定義分類。反応は安定化しつつあり。

 備考:転移者の可能性、高」


 


筆を走らせながら、男は思う。

過去、幾度となく記録された“異世界からの来訪者”。

その多くが何らかの加護を伴い、この世界に変化の波をもたらしてきた。


人々はそれに備える体制を整え、神殿もまた静かに観察を続けている。

予兆のない現れ方と、未知の能力。

それは常に、“理解できぬ可能性”として扱われてきた。


 


「……見届けるか。君が、どう変わり、どう変えていくのかを」


男はそう言うと、書きかけの羊皮紙を丁寧に巻き、封印印を押す。


 


記録は、まだ始まったばかりだった。

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