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余生、もう一度  作者: 金雀枝
プロローグ:その瞳が映す世界
5/23

彼女を見た“目”

神殿の一室、月灯りが差し込む静かな書庫。

机の上には、保護対象の記録が数枚。

けれど、記されている情報はどれも断片的で、決定的な根拠に欠けていた。


エリオット・セレファスはそれを前に、紅い瞳を細めていた。

微かに指が動き、紙の端に印を記す。


 


「……やはり、異質なのか」


声をかけたのは、扉の前に立つ黒髪の騎士――ガゼル・レオンハルトだった。

彼は武具を外し、簡素な礼服に着替えていたが、そこに纏う威圧は消えない。


「少なくとも、“この世界の常識”では語れない存在ですね」


エリオットはそう答えると、淡く灯る卓上の魔導灯に手をかざす。

記録を伏せ、代わりに小さな魔力石を取り出す。

それは、先ほどスミレに使用した加護判定石と同型のものだった。


 


「反応の波形……加護としては“身体系”に分類されますが、領域が妙に広いですね。

 通常の加護であれば、もう少し焦点の絞られた波形になるのですが……」


エリオットは、手元の魔力石を静かに揺らしながら言葉を継いだ。


「彼女のは、“記録全般”に近い挙動を示しています。

 記憶の保持、それも――現時点では仮説に過ぎませんが、かなり高密度な保持能力を伴っている可能性がある」


 


「つまり……“覚えたことは忘れない”と?」


 


「……そうかもしれません。

 ただ、加護の反応はあくまで観測上のものであって、すべてを理解しているわけではないのです。

 分類とは便宜的な枠にすぎません。時に、私たち神殿の知見すら超えてくる例もある」


 


ガゼルは腕を組み、わずかに視線を伏せた。


「まだ、自分が変わっていることに気づいていないようだったな。鏡を見ても、反応はなかった」


「ええ。それが、むしろ心配です」


エリオットは静かに立ち上がった。


「彼女は“今の姿”と“本来の自分”の間に、違和感を抱いてはいる。

 けれど、それが何であるかを言葉にするには至っていない。

 あの名乗りも――無意識に選んだ“仮の名”かもしれません。菫のように、静かに咲く……そんな印象でした」


 


ガゼルは目を細めた。


「名を与えるのは、時として支配に等しい行為だ。……だが彼女は、自ら名乗ったんだな?」


「はい。“今ここにいる”ことを、ようやく受け入れた証――だと、私はそう解釈しています」


エリオットの声は、柔らかくも揺るぎなかった。


「しかし……興味深い存在ですね、彼女は。受け身のように見えて、選ぶべきときには意志を示す。

 観察されているのは――我々の方かもしれません」


 


「……観察者、か」


ガゼルは、出会いの瞬間を思い出していた。


あの目は、ただ怯えた子どものものではなかった。

誰をも“等距離”で見つめていた。測っていた。

どれほどの痛みと孤独が、その沈黙の奥にあるのか――彼にはまだ分からなかった。


 


「俺は、彼女を見ていたつもりだった……だが、見られていたのは俺の方だったのかもしれないな」


「鋭いですね。

 加護の種類が何であれ――あの目を持つ者は、そう多くはありません」


 


ふと、エリオットが窓の方へ目をやった。


「……これから、試されるでしょう。

 彼女も、我々も――そして、この国も」


 


静かに風が、夜の帳を揺らす。


その中で、ひとりの少女の存在が、確かにこの世界へと“入り始めていた”。

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