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余生、もう一度  作者: 金雀枝
プロローグ:その瞳が映す世界
3/19

差し出された手をとって

陽が傾きかけた街道。乾いた風が草をなびかせる中、荷車の列がゆっくりと進んでいた。


何台もの荷車。その中に押し込まれたのは、子どもたち。

縄で手足を縛られ、口には布が詰められたまま、意識を失った者も多い。

そのどれもが、名前すら知られぬ、売られる“物”として扱われている。


その中に――ひとりだけ、例外がいた。


 


彼女は静かに、座っていた。

手も、足も、口も、何ひとつ拘束されていない。

ただ、じっと。まるで“見る者”のように。


その髪は、闇の底でひっそりと咲く菫のような色。

淡く紫がかった黒髪が肩で切り揃えられ、目元には大人びた静けさが宿っていた。


(……また、揺れた)


ごとん、と荷車が揺れるたびに、藁の上にいる他の子どもたちが小さく体を跳ねさせる。

彼女は動かない。正確には――動く必要がないと判断している。


今のこの状況は、最悪ではない。

まだ誰にも触れられていない。無理に声を出す必要もない。

ならば、観察に徹する。そうした方が、生き延びられる確率は高い。


そう――


それが、スミレという少女だった。


 


そのときだった。


「前方に馬影……! 囲まれてるぞ!」


奴隷商人の怒声と共に、街道の両脇から複数の影が飛び出した。

銀に輝く槍と盾。統一された装備に身を包み、馬を駆る騎士たち。


「第3隊、包囲完了! 武器を捨てろ!」


「くそっ、応戦――ぐっ!」


刃を抜こうとした男が、次の瞬間、馬上から投げられた槍に足元を貫かれ、倒れる。

殺してはいない。ただ、逃げられないように制した一撃。


「無抵抗であれば命は奪わん」


重く低い声が、空気を支配した。


先頭の騎士。風を裂くような威容。

黒髪と褐色の肌を持ち、戦場を知る者の風格を備えていた。


ガゼル・レオンハルト――ルメリア王国第3騎士団・騎士長。


奴隷商人たちは、目の前の“本物”の威圧に抗うことなく、次々と武器を落とす。


回収が始まり、拘束された子どもたちが運び出されていく中――

ガゼルの視線が、ひとつの荷車の中で止まった。


 


「……妙だな」


騎士の影が静かに揺れる。


荷車の隅。藁に身を沈めるように、ひとりの少女が座っていた。

菫色の髪。淡い瞳。表情は乏しいが、怯えてはいない。

観察している。測っている。



ガゼルは馬を降り、無言で荷車に近づいた。


「……立てるか?」


少女は何も言わず、じっと彼を見返した。

その目にあるのは、恐怖でも拒絶でもなく、静かな“判断”。


ガゼルはそっと手を差し出した。


細くて小さな手が、わずかに震えながら、それを取った。

そして彼女は立った。


言葉はない。名も問わない。

ただそのまま、ガゼルは少女を連れて歩き出した。


 


街道脇に停められていた馬車の中――


「……その子は?」


銀白の髪と、冷ややかな紅の瞳。

エリオット・セレファス。神殿所属の中位職員。


「加護判定を頼む」


ガゼルの言葉にうなずき、エリオットは小さな石を取り出した。


少女の額に近づけると――淡く光が灯る。


「……反応あり。知識系。分類はまだ不明ですが、確実に発現しています」


「神殿で保護対象、ということだな」


「はい。私が責任を持って引き取ります」


エリオットがしゃがみ込み、少女の目をのぞくように見つめた。

その顔、その服、その空気――


「……お名前を、聞いてもいいですか?」


少女は何も言わなかった。


ただ、まっすぐに彼を見ていた。無表情なまま、じっと。


エリオットはふっと微笑むと、石をしまい、静かに言った。


「怖くありません。あなたは、ここで生きていけます」


 


その言葉に、少女の視線が、少しだけ揺れた。


けれどまだ、名乗ることはなかった。


馬車がゆっくりと動き出す。

ごとん、と揺れたその拍子に、彼女は一度だけ、外を振り返った。


藁の上に取り残された、いくつもの記憶と共に。

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