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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第2章:芽吹きの輪郭、記録という名の種
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役割を担うということ

夜、クライネル邸の客間にて。

小さなランプの明かりのもと、スミレはひとりで記録帳を開いていた。

昼間にリタと話した保湿剤の評判、マーヤの報告――

すべてはどこか、少しずつ“自分から離れていく感覚”を伴っていた。

それでも、そこに“確かにあったもの”もある。

配合を考えるとき、誰かの困り顔を想像して書き足した注意文。

取りこぼした苦情を思い出しては、次の試作品に修正点を加えた日のこと。


「……私が、誰かのためにやっていたこと」


それは仕事ではなかった。命令されたものでも、名誉が欲しくてやったことでもなかった。

ただ――“必要だと思ったから”やっただけ。

だからこそ、名前が出なくても、誤解されても、どこかに届いていれば、それでよかった。

だけど今は。


「“それをしたのが、あなた”だって……誰かが言ってくれることが、少しだけ――うれしいんだな」


ぽつりとこぼれた言葉に、自分でも気づかないうちに、小さな笑みが浮かんでいた。

翌朝、提出するための記録帳に新しい一行を書き加える。

──試作・使用歴あり。流通化に際しては、加熱時の沈殿に注意。

必要とされる場があるなら、調整案は別紙にて提出可能。

そして、その隣に。

署名欄に、小さな文字でそっと――“S”という一文字を記した。


「名前は、いらないけど。……“わたし”がいたことくらいは、残してもいいよね」


静かな朝の光の中。

スミレの記録帳が、また一ページめくられていく。

役割を、意識すること。

それは、自分が“ここにいていい”という証を、ほんの少しだけ信じてみること。

それはまだ、小さな芽吹きだった。

けれどきっと、それは彼女にとって――確かな第一歩だった。

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