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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第2章:芽吹きの輪郭、記録という名の種
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噂は、名を超えて

昼下がりの陽射しが、クライネル邸の回廊に影を落とす。

中庭では庭師が枝を整え、その向こうでメイドたちが買い物籠の受け取りをしていた。

リタとスミレは、離れにある書庫の前で腰掛けていた。

今日は調合記録の整理を一区切りつけて、午後は少し休憩ということになっている。


「そういえば、この前――お母さまに連れられてお茶席に同席したの」


リタが、少し誇らしげに言う。


「お茶席?」


「うん。うちの屋敷で開かれた、内輪の集まり。別の家の奥さまと娘さんがいらしててね。その娘さん、“最近すごくいい保湿剤を紹介してもらって~”って話してたの。“名前は出てないけど、クライネル家から流通してる”って言ってて……ピンときたよね」


スミレはきょとんとしたまま、相槌を打った。


「……ああ、他の家でも、使ってくれてるんだ」


「うん。貴族の女の子たちってそういうのにすごく敏感でさ――“今までのと全然違う”とか“肌の調子が変わった”とか、もう話題が飛び火してるみたい」


リタの語り口にはどこか楽しげな響きがあった。

それは、他人事としてではなく、自分の誇りのようにも聞こえた。


「でも不思議だよね。みんな、その保湿剤がどこから来たかは気にしてるのに――誰が作ったか、までは分からない。名前が出てこないから」


「……それは、マーヤさんたちが配慮してくれてるから、だよね?」


「うん。でもスミレ、名前出さないようにしててもつい“作ったのはあたしの友達だよ”って言いたくなっちゃうの。ちょっとだけね?」


 スミレは笑った。

「ちょっとだけ」なんて言って、きっとリタは本当は言いたいのだろう。

その日の夕方。マーヤが廊下でスミレに声をかけてきた。


「スミレ様、少しだけお耳に入れておきたいことがございます」


廊下の窓辺で立ち止まり、マーヤは小声で続けた。


「本日、王家に近しい別家の子息より、“製品開発に関する資料の出所”について照会がございました。現段階では回答を控えておりますが……想像以上に注目が広がっているようです」


「……そうなんですね」


スミレは驚いたというより、どこか遠くを見つめるような目をしていた。


「私は……ただ記録をつけて、整理して、渡しただけで。それが誰かの手に渡って、形になって、言葉になって……いつのまにか“私じゃないもの”みたいになってる気がして」


マーヤはすぐには答えず、少しだけ沈黙を置いてから言った。


「……それでも、それを“生み出したのは誰か”と問う声は、いずれ必ず届きます。そのとき、名乗るかどうかはあなた次第です。けれど、名乗らずとも、残るものがあります」


スミレは、ゆっくりと小さく頷いた。


「ありがとう、マーヤさん。……そのときは、きっとまた相談させてください」

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