評価という重さ、信頼という温度
翌朝のクライネル邸は、静かで落ち着いた空気に包まれていた。
廊下の先では、マーヤが新しく届いた布を運んでおり、厨房からはスープの香りが漂ってくる。
そんな中、スミレは応接室で記録帳と向き合っていた。
保湿剤に続く調合案――香料付き軟膏、温冷調整ジェル、消炎洗浄液など。用途と効果、必要な材料と比率を淡々と記し、次に渡す準備を整えている。
「スミレ、作業中?」
声をかけてきたのはリタだった。
すぐ隣の椅子に腰掛けると、彼女は帳面の中を興味深そうに覗き込んだ。
「これは……あたし、読めるようで読めないなあ。成分と数字がずらっと並んでる」
「ごめん。書き慣れてる形式で書いちゃってるから、他の人には分かりにくいかも」
「ううん。逆に、“ああ、ちゃんとした人がやってるんだなあ”って思えるから、いいと思うよ」
スミレは小さく笑った。
自分が“ちゃんとした人”だなんて、あまり言われたことがなかったから。
「ねえ、お母さまね、昨日言ってたんだよ。『あの記録は、数年後に本になってもおかしくない』って」
「本に?」
「うん。“誰が読んでも再現できる”ってところがすごいって。お母さま、昔から王立の文庫や技術院の記録もよく目を通しててね――ああいうの、すごく見る目あるんだよ」
スミレはわずかに驚いて頷いた。
エリス夫人の的確な観察眼には、やはり背景があったのだ。
「それにね、お父様も記録の写しを見て“面白い人物だな”って言ってたんだって」
「……お父様?」
「うん、私のお父様。ふだん、何に対しても“ふむ”とか“記録として残しておけ”とかしか言わない人が、“面白い”って口にしたの、すごく珍しいの」
「……そっか。なんか、いろいろな人に見られてるんだね」
「うん。でも、あたしが見つけたんだからね? あたしの、スミレだもん」
リタの言葉に、スミレは少しだけ肩をすくめるように笑った。
「……私なんて、大したことないのに」
「またそれ言った。スミレ、自分のこと過小評価しすぎ」
その言葉は、やさしい叱りだった。
押しつけがましくはなく、でもちゃんと心に届くような。
昼前、マーヤが応接室を訪れ、紅茶と軽食を用意してくれた。
「お疲れ様です。記録の整理、進んでいらっしゃいますか?」
「はい。とりあえず三つ、記録できました。必要な素材もまとめてあります」
スミレはすっとノートを差し出す。マーヤは受け取ると、一礼してからこう付け加えた。
「旦那様――侯爵様も、ご興味を示しておられます。“今はまだ時期ではない”とのことですが……いずれ正式な技術管理の場に出される際には、必ず名が上がるでしょう」
「……私は、誰が作ったかより、誰の役に立つかのほうが大事だと思ってて。でも……そういうのって、ちゃんと伝えるべきものなんですね」
マーヤは微笑んだ。
「お名前は伏せさせていただきますが、あなたの“してきたこと”は、私たちが証明いたします。それが、あなたを大切に思う者の役目かと」
その言葉に、スミレはわずかに目を伏せ、そして静かに頷いた。
「……ありがとうございます」




