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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第2章:芽吹きの輪郭、記録という名の種
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その価値は、誰が決めるか

午後、スミレはマーヤに付き添われて、クライネル侯爵夫人――エリスの私室へと案内された。

飾りすぎない品のある部屋には、上質な香と薄紅の陽光が差し込んでいる。


「お待ちしておりました、スミレ様」


エリスは、やわらかな笑みとともに席をすすめた。

その所作には、上級貴族としての気品と知性がにじんでいた。


「急なお呼び立て、失礼いたしました。ですが、どうしても直接お話ししたかったのです。あなたが記されたあの記録と配合、その見事さに」


正面から注がれる敬意を前に、スミレはわずかに戸惑いながら一礼し、静かに椅子へと腰掛ける。


「私自身が調合したわけではありません。……レシピを書いただけで、実際に作ったのは孤児院の方々です」


「それでも、“何を、どう扱うべきか”を記録した知性には、再現性という実用価値が宿ります。

 私たち貴族の中にも、薬理や調香を学ぶ者は多いですが……あれほど体系的にまとめられたものは、私の知る限りでも希少です」


スミレは驚いたように目を伏せた。

それは単なる称賛ではなく、“見てきた者の目”からの評価だった。


「……ありがとうございます。記録が役に立つのなら、それで十分です」


「その謙虚さもまた、価値のひとつでしょう」


エリスはやわらかく微笑み、そっと手元の書類をなぞる。


「この件は、我がクライネル家の責任において“製品”としての整備に入っています。当面は製作者名は伏せ、品質保証のみを我が家が担います」


「はい」


「また、もし他にも記録や提案があるようでしたら――ぜひ、拝見させてください」


スミレは少し考えてから頷いた。


「数は多くありませんが……いくつか整理して提出します」


「感謝いたします。いずれ、あなたの名が表に出ることもあるでしょう。ですがそれは、あなたが望むときまで。私たちは、慎重に対応いたします」


その声音には、“守る”という意志がはっきりと込められていた。

スミレは、静かに目を伏せて小さく息を吐いた。

部屋を辞したあと、廊下でリタが待っていた。


「どうだった?」


「すごいってすっごく褒めてもらえた。あと、私の記録を使ってくれるって」


「ふふ、すごいでしょ? うちのお母様、ああ見えてね、ほんとに見る目あるんだから」


「……うん。そう、思う」


リタの笑顔に背中を押されるように、スミレは微笑んだ。


「……ねえ、リタ。誰かの役に立つって、ちゃんと目に見えることなんだね」


「そうだよ。それを“すごい”って言うんだよ、普通は」


「……そっか。私、まだよく分かってないのかも」


「じゃあ、これから少しずつ分かっていけばいいよ」


リタのその言葉は、どこまでも自然であたたかかった。

スミレはその声にそっと胸を緩め、静かに頷いた。


「……ありがとう」

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