その価値は、誰が決めるか
午後、スミレはマーヤに付き添われて、クライネル侯爵夫人――エリスの私室へと案内された。
飾りすぎない品のある部屋には、上質な香と薄紅の陽光が差し込んでいる。
「お待ちしておりました、スミレ様」
エリスは、やわらかな笑みとともに席をすすめた。
その所作には、上級貴族としての気品と知性がにじんでいた。
「急なお呼び立て、失礼いたしました。ですが、どうしても直接お話ししたかったのです。あなたが記されたあの記録と配合、その見事さに」
正面から注がれる敬意を前に、スミレはわずかに戸惑いながら一礼し、静かに椅子へと腰掛ける。
「私自身が調合したわけではありません。……レシピを書いただけで、実際に作ったのは孤児院の方々です」
「それでも、“何を、どう扱うべきか”を記録した知性には、再現性という実用価値が宿ります。
私たち貴族の中にも、薬理や調香を学ぶ者は多いですが……あれほど体系的にまとめられたものは、私の知る限りでも希少です」
スミレは驚いたように目を伏せた。
それは単なる称賛ではなく、“見てきた者の目”からの評価だった。
「……ありがとうございます。記録が役に立つのなら、それで十分です」
「その謙虚さもまた、価値のひとつでしょう」
エリスはやわらかく微笑み、そっと手元の書類をなぞる。
「この件は、我がクライネル家の責任において“製品”としての整備に入っています。当面は製作者名は伏せ、品質保証のみを我が家が担います」
「はい」
「また、もし他にも記録や提案があるようでしたら――ぜひ、拝見させてください」
スミレは少し考えてから頷いた。
「数は多くありませんが……いくつか整理して提出します」
「感謝いたします。いずれ、あなたの名が表に出ることもあるでしょう。ですがそれは、あなたが望むときまで。私たちは、慎重に対応いたします」
その声音には、“守る”という意志がはっきりと込められていた。
スミレは、静かに目を伏せて小さく息を吐いた。
部屋を辞したあと、廊下でリタが待っていた。
「どうだった?」
「すごいってすっごく褒めてもらえた。あと、私の記録を使ってくれるって」
「ふふ、すごいでしょ? うちのお母様、ああ見えてね、ほんとに見る目あるんだから」
「……うん。そう、思う」
リタの笑顔に背中を押されるように、スミレは微笑んだ。
「……ねえ、リタ。誰かの役に立つって、ちゃんと目に見えることなんだね」
「そうだよ。それを“すごい”って言うんだよ、普通は」
「……そっか。私、まだよく分かってないのかも」
「じゃあ、これから少しずつ分かっていけばいいよ」
リタのその言葉は、どこまでも自然であたたかかった。
スミレはその声にそっと胸を緩め、静かに頷いた。
「……ありがとう」




