それは、自分で選ぶこと
翌朝、スミレが起きたときには、もう外は明るかった。
厚手のカーテン越しに差し込む陽光が、床の上に優しい模様を描いている。
ゆっくりと身を起こし、窓辺へと歩く。
昨日の街の喧騒はここまでは届かず、クライネル邸の朝は静かだった。
「……少し寝過ぎたかも」
つぶやきながらカーテンを開けると、遠くに市場の旗が小さく揺れていた。
衣服を整え、簡単に髪をまとめて部屋を出ると、廊下の先にマーヤの姿が見えた。
彼女はすぐに気づいて一礼し、やわらかな声で言った。
「おはようございます、スミレ様。リタ様はお早いお目覚めで、今は応接室のほうにいらっしゃいます」
「ありがとう。……あの、今日って何か予定あったっけ?」
「とくに正式なものは。リタ様は、“今日は一緒にゆっくりできる日”と仰っていましたよ」
それを聞いて、スミレは少しだけ頬をゆるめた。
「うん、分かった。ありがとう、マーヤさん」
廊下を歩きながら、スミレは昨日のことを思い出していた。
街の喧騒。子どもの無邪気な問い。リタとのやり取り――そして、鏡に映った自分の姿。
昨日の夜、布団に入ってからも、なかなか眠れなかった。
“今の自分は、自分で選んだものじゃない”という感覚が、ふいに胸の奥でひっかかったのだ。
髪の色も、耳の形も、世界そのものも――
自分が決めたわけじゃない。ただ流されるように、そうなっていただけ。
だからこそ、今の自分が“何を選ぶか”が、何よりも大事だと思った。
応接室では、リタが文書を広げて何かを考えていた。
机の隅には、二人分の朝食がすでに用意されている。
「おはよう、スミレ」
「おはよう。……もう朝食、準備してくれてたんだね」
「うん。わたしも、ちゃんと“友達”としておもてなししたいし?」
冗談めいた口調に、スミレは少しだけ笑って、向かいの席に腰を下ろした。
「昨日は、いろいろありがとう。……リタのおかげで、少し考えが整理できた」
「そう言ってもらえると嬉しいな。……考えたことって?」
パンにナイフを入れながら、スミレは言葉を探す。
「……自分がどう見られるか、とか。どうあるべきか、とか。そういうのって、最初は“与えられる”ものだと思ってたけど――
でも、本当は“自分で決めていい”んじゃないかって、昨日思った」
リタは真剣な目でスミレを見て、そっと頷いた。
「うん。そうだと思う。私も昔、ずっと“家の娘としての立場”に縛られてたから。
でも、“リタとして生きたい”って思ったときに、やっと本当の自分を意識できた気がした」
「……それ、少し分かるかも」
二人の間に流れる沈黙は、居心地の良いものだった。
窓の外では、小鳥たちの声が春の空気に溶けている。
スミレはふと、目の前の紅茶を見つめた。
湯気の向こうに、昨日の自分が揺れて見える。
「わたしも、選びたい。ちゃんと、これからのこと――わたしのことを」
リタはにっこりと微笑んで、ティーカップを掲げた。
「それなら、選ぶ準備を整えるところから始めようか。……まずはこの後、お気に入りの服を選んでみる?」
「……服?」
「うん。昨日市で買った布、まだ仕立ててないの! マーヤも協力してくれるって言ってたし、一緒に“自分らしい”服、選ぼうよ」
スミレは一瞬迷ったが、やがて静かに微笑んだ。
「……うん。やってみたい」




