目覚めた場所は
本作は、異世界で“もう一度十代をやり直すことになった少女”が、さまざまな人と出会い、関わり合いながら、静かに成長していく物語です。
穏やかな日常の中にある、小さな奇跡を、どうか見つけていただけたら幸いです。
――がたん、ごとん。
耳元で何かがぶつかる音がして、目が覚めた。
鼻先をくすぐるのは、乾いた藁と、誰かの体臭と、古びた木の匂い。寝具とは到底言い難い硬い床に横たわっていることに気づいた瞬間、頭の奥がひやりとした。
(……ここは?)
瞬きすると、まぶたの隙間から薄暗い天井が覗く。
どう見ても、木の板。継ぎ目には汚れが溜まり、蜘蛛の糸が張っている。視線を左右にずらすと、すぐ近くに誰かがいた。寝ている――いや、気を失っているのか。
子どもだった。
そして、その体には縄が巻かれていた。
両手首を後ろ手に縛られ、口には布が詰められている。息はしているが、意識はなさそうだった。
(……なんで?)
首を動かして辺りを見回すと、周囲にも同じような子どもたちが何人もいる。皆一様に拘束されていて、倒れ込むように横たわっている。
けれど――
自分だけは、縛られていなかった。
猿轡もされていない。手も足も自由だった。
自分がその「例外」であることを悟った瞬間、喉の奥が凍りつく。
(どうして私だけ……?)
戸惑いと恐怖が胸を締めつける。咄嗟に立ち上がろうとして、腰を強く打って呻いた。
まだ体がうまく動かない。筋肉がこわばっているのか、それとも。
(……あれ?)
ふと、視界の端に映った自分の手に違和感を覚えた。
小さい。細い。骨ばっているが、皮膚には若さがある。
無意識にそのまま顔を撫でると、頬のラインも、唇も、どこか幼い。
(私、こんなだったっけ……?)
思考が混乱している。記憶がはっきりしない。
でも、もっと歳を重ねていたはずだという感覚だけは、確かに残っている。
身体の感覚と、記憶の断片に生じる違和感。
それらをどう処理すべきかも分からず、ただ目の前の現実だけが迫ってくる。
そのとき――
「……おい、起きてる奴がいるぞ」
声がした。
それは、荷車の外。男の声だ。がさりと木が揺れる音がして、扉の隙間から差し込む陽光が、ほんのりと車内を照らした。
瞬間、声をかけられた子どもの一人がうっすらと目を開け、呻いた。
「眠らせておけ」
別の声。冷ややかで、感情のない響き。
直後、何かがひゅっと飛び――ぱすっ、という鈍い音。
目を開けかけていた子が、再び意識を手放した。
スミレ――いや、まだ名前も語っていない自分は、藁の上で固まったまま、その様子を見ていた。見ないふりをすることも、叫ぶこともできなかった。
口の中がからからに乾いている。
それでも、喉の奥で言葉が生まれかける。
けれど――発することは、できなかった。
(今は……動かないほうがいい)
無意識に、そう判断していた。
なぜそう思ったかもわからない。ただ、動けば何かが壊れる。
そういう“気配”があった。
荷車がまた、がたんと揺れる。
振動と共に、外から聞こえてくる足音と、馬のいななき。
この場所がどこなのか、自分がどうしてここにいるのか――何ひとつ分からない。
けれどただ一つ、確かなことがあった。
――この世界は、自分のいた場所とは違う。
その実感だけが、胸に根を張りはじめていた。