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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
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閑話:観察者たちの沈黙

 神殿の北棟、記録局の奥にある静かな書庫室。

 白い帳簿の山と、無数の魔導石の箱。その中に、一本の細い灯が揺れていた。


 「……おや、まだ記録の検証を?」


 声をかけたのは、記録局長にして現枢機官――ルネ=マルト=アルヴェール。

 若く見えるが、神殿内でも屈指の観察眼と記録術を持つことで知られている。


 「はい。加護石の反応が気がかりでして……」


 応じたのはエリオット・セレファス。

 静かな声音は、わずかに迷いを帯びていた。


 彼の手元には、スミレの記した保湿剤のレシピと、複数回の再現試験記録。

 その成果は、偶然では説明のつかない再現性と効果を示していた。


 「選定の正確さ、比率の整合性、保存性の確保。素人の思いつきとは思えません」


 「記憶、ではなく……“記録”の加護に近いと?」


 「……“近い挙動”をしている、というだけです。

 石の光り方も既知の型と一致はせず、反応の偏りもやや特殊で――

 仮に分類するなら、“身体系”で“知識参照性の高い変則型”といったところでしょうか」


 ルネは眉をひそめ、報告書に目を落とす。


 「つまり……統計上の類似点はあるが、確定的な類型ではないと」


 「はい。加護分類の前例に照らすなら、“記録系”の派生、あるいは――

 ……まったく新しい系統である可能性も、否定できません」


 ルネはふっと息を吐いた。


 「本来であれば、こうした個体は早期に保護し、育成すべき資質なのですが……」


 「……無理に関われば、かえって拒絶される可能性もあると?」


 問い返したエリオットに、ルネは静かにうなずいた。

 


 「この加護は、“本人の意志”と“記録の自由”をなによりも尊重します。

 強制はできない。押しつければ、逆に壊れてしまう加護ですから」


 


 エリオットは書棚の一角を見つめながら、思い返す。


 スミレは確かに、自分の意思で記録した。

 誰かのために書いた。でも、強制されれば――きっと、もう書かない。


 


 「……彼女に、“必要とされたという実感”を、きちんと届けてあげたいのです」


 


 ルネは一度頷いてから、机の引き出しを開け、厚手の封筒を取り出した。


 「先ほど届いた文書です。クライネル侯爵夫人より、“家庭内で使用した薬草調合”についての感謝と報告書」


 


 エリオットが目を見開いた。


 


 「ご令嬢が孤児院で出会った少女によるもの……と、詳細は伏せられておりますが、

 配合内容、効能、使用経緯――これは、件のレシピと一致しています」


 「……もう外に、流れ始めているということですか」


 「ええ。神殿ではなく、貴族の家庭から“伝わるルート”を辿っています。

 公式ではなく、非公式に。けれど、確実に」


 


 エリオットはしばし沈黙し、それから口を開いた。


 「では、正式な“製法記録申請”は……本人に?」


 「本人の承諾なしには、王家にも提出できません。

 ですが、ルートは整えましょう。“本人の意志”に頼るためにも、道を開いておくべきです」


 


 ルネの言葉に、エリオットは静かにうなずいた。


 


 その少女はまだ何も知らない。

 けれど彼女が記した一行が、世界の構造に波紋を起こしはじめていることだけは、確かだった。

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