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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
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初めてのまなざし

 その日は、冬にしては少しだけ暖かかった。


 中庭の落ち葉を掃いていると、いつもとは違う馬車の音が近づいてくる。

 音の質が軽い。車輪がよく手入れされていて、布張りの車体が風を吸っていた。


 (……誰か、偉い人)


 スミレは音だけでそう判断した。

 門が開き、馬車から降りてきたのは、上品な衣装の男女――そして、彼らのあとからふわりと降り立った少女がひとり。


 金髪を結い上げ、明るい色のドレスに身を包んだ少女は、まるで光を引き連れてきたようだった。


 


 「やあやあ、お嬢さまのご登場ですか。今日も眩しいですねぇ」


 真っ先に声をかけたのは、やはりユウトだった。

 さっそく軽口を飛ばして、まるで舞台の幕が上がったかのように、空気が華やぐ。


 「軽い。今日も軽い。落ち葉より軽い」


 「風流だろ? 俺のジョークは季節を感じさせるんだぜ」


 「ただの寒さじゃなくて? 風邪、引くわよ」


 「お、辛辣~。だがそれも愛と受け止めよう!」


 スミレはその掛け合いを、掃き掃除の手を止めずに聞いていた。

 けれど、次の瞬間、少女――リタの視線が自分に向けられたことに気づく。


 


 「……あら。あなたが“スミレちゃん”?」


 少しだけ間を置いて、スミレは頷いた。


 「……そうです」


 「はじめまして。私はリタ・クライネル。ここの孤児院には、昔からちょくちょく来てたの」


 そう言って、リタは一歩、距離を詰める。


 「この前、お母さまが使ってたの。“例の保湿剤”。……すごく良かったって。

 あなたが書いたって聞いて、会ってみたかったの」


 スミレは驚きも戸惑いも表に出さなかったが――指がほんの少しだけ止まった。


 


 「ありがとう。……それだけ言いたくて」


 リタの笑顔は、まっすぐだった。

 誰かに気を使っているでもなく、飾っている様子もない。

 ただ、“伝えたい”という意志だけが、そこにあった。


 「……私に、ですか?」


 「もちろん。本人に言わなきゃ意味ないでしょ?」


 スミレは、掃いていた落ち葉をひとまとめにしてから、ようやく小さく言った。


 「……どういたしまして」


 


***


 


 昼過ぎ、職員と話す両親を残して、リタは中庭のベンチにいた。

 その隣に、なぜかスミレも座っていた。リタが「話そうよ」と手を引いたのだ。


 「ねぇ、ここって静かでいいわね。都会より好きかも」


 「……そうですか」


 「うん。人が多いと、空気が混ざっちゃう感じがするの。

 でもここだと……“その人”の声がちゃんと届く気がするのよね」


 スミレは少しだけリタを見る。


 話し方は明るい。でも、言葉を選んでいるのが分かる。

 軽やかなようでいて、実は周囲をよく見ているタイプ――そんな印象。


 


 「……あなた、すごいわね」


 唐突に言われて、スミレは小さく瞬きをした。


 「私は、何も作れない。言われたことをするだけで、いっぱいいっぱい。

 でもあなたは、自分で考えて、手を動かして、形にして、誰かを助けた。……すごいと思う」


 「……そんな、大したことじゃ」


 「それ、“言われ慣れてない”人の反応よ」


 「……そうなの?」


 リタはくすっと笑った。


 「ごめんなさい。でも、私はそういう人の方が好きなの」


 


 沈黙。けれど、気まずさはなかった。


 落ち葉がひとひら、ふたりの間を通り抜けていく。


 


 「ねえ、スミレ」


 リタがそっと言った。


 「もしよかったら、“友達”になってくれない?」


 スミレは、はっと息を呑んだ。


 その言葉は――想定外だった。

 “取引”でも、“協力者”でもない。ただの、“友達”。


 「……どうして」


 「だって、気になるから。もっと話したいし、一緒に笑ってみたいし……」


 リタはまっすぐに言った。


 「それって、友達になりたいってことじゃない?」


 


 スミレは、視線を落としたまま、小さく呟いた。


 「……なったこと、ないから……わかりません」


 「じゃあ、なってみようよ。そこから、教え合えばいいじゃない」


 


 その声は、冬の空気よりもずっとあたたかかった。

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