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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
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静かなる検証

 柔らかな冬の光が、白い窓枠から差し込んでいた。


 神殿の一室。

 スミレは小さな机の前に座り、その正面にはエリオットがいた。

 机上には魔導石と記録帳。そして、スミレが書いた保湿レシピの写し。


 空気は静かで、沈黙すら心地よかった。


 


  「スミレさん……このレシピ、非常に興味深い反応を示しています」


 エリオットはそう言いながら、机上の魔導石に視線を落とした。


 光はごく淡く、けれど確かに灯っていた。

 “加護石”――加護の有無を測る、ごく初歩的な検知具。明確な能力の分類まではできないが、何らかの加護に反応する。


 「断定はできませんが……これまでの観測例と照らし合わせる限り、スミレさんの加護は“身体系”のものに近い挙動を見せています。

 とくに、記録や知識の整理・再構築に関わるものと似た反応があるようです」


 「……知識の……?」

 スミレが小さくつぶやくと、エリオットは頷いた。


 「加護は本来、本人の意思とは関係なく“必要な場面”に発動する傾向があります。

 スミレさんの場合、それが“記憶”に紐づいている可能性がある――あくまで、仮説のひとつです」


 「……仮説、ですか」

 スミレはそっと手を見下ろす。


 「はい。加護の正体は、いまだ不明な点が多いです。分類も例外ばかり。

 ですが、いま書かれたこのレシピは、明らかに“誰かを助けるために自然と浮かんだ”知識……

 それは、非常に価値ある“力の現れ”だと、私は思います」


 エリオットは微笑むでもなく、淡々と肯定した。


 「“自然にできたこと”が、誰かの役に立つ。それは、とても尊いことです」


 


***


 


 午後、騎士団の詰所から、甲冑の音が孤児院に近づいてきた。


 現れたのは――ガゼルだった。


 隊を率いる姿はなく、今日は単独での巡察らしい。

 門をくぐった瞬間、子どもたちが歓声を上げる。


 「ガゼルさんだー!」


 「また来てくれた!」


 その声に軽く手を上げたあと、ガゼルは厨房の奥へ向かう。


 


 「……例の保湿剤、試してみた」


 スミレに向けられた言葉は、それだけだった。

 けれど、声のトーンには、確かに“感心”が含まれていた。


 「使い心地は?」


 「軽くて馴染みがいい。訓練後や屋外任務のあとに最適だ。乾燥で割れてた指、久しぶりに落ち着いたよ」


 「……なら、よかったです」


 ガゼルは少し間を置いて言った。


 「訓練所でも、配布用に作らせたい。……協力してもらえるか?」


 スミレはほんの一瞬だけ黙り――


 「……書きます。追加成分とか、改善点もあります」


 「助かる」


 


 それだけで、もう十分だった。

 多くの言葉はいらない。ただ、行き交う視線と、ごく小さな頷きが信頼だった。


 


***


 


 夕方、ユウトがスミレに声をかけてきた。


 「なあ、あの保湿剤……ほんとに、騎士団で使うのか?」


 「……たぶん。ガゼルさん、言ってた」


 「うわ……すげーな……」


 彼は少し言葉を選ぶように、ぽりぽりと頭をかいた。


 「オレさ、いつか“役に立つ人間になりたい”って思ってたけど……スミレって、もうなってるよな」


 「……そう、かな」


 「そうだよ。自分じゃ気づいてないかもだけど……周り、すげぇ変わったよ」


 スミレは、それを聞いて少しだけ目を伏せた。


 変わったのは、自分だと思っていた。

 でも――もしかしたら、世界も少しずつ変わってくれているのかもしれない。

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