静かなる検証
柔らかな冬の光が、白い窓枠から差し込んでいた。
神殿の一室。
スミレは小さな机の前に座り、その正面にはエリオットがいた。
机上には魔導石と記録帳。そして、スミレが書いた保湿レシピの写し。
空気は静かで、沈黙すら心地よかった。
「スミレさん……このレシピ、非常に興味深い反応を示しています」
エリオットはそう言いながら、机上の魔導石に視線を落とした。
光はごく淡く、けれど確かに灯っていた。
“加護石”――加護の有無を測る、ごく初歩的な検知具。明確な能力の分類まではできないが、何らかの加護に反応する。
「断定はできませんが……これまでの観測例と照らし合わせる限り、スミレさんの加護は“身体系”のものに近い挙動を見せています。
とくに、記録や知識の整理・再構築に関わるものと似た反応があるようです」
「……知識の……?」
スミレが小さくつぶやくと、エリオットは頷いた。
「加護は本来、本人の意思とは関係なく“必要な場面”に発動する傾向があります。
スミレさんの場合、それが“記憶”に紐づいている可能性がある――あくまで、仮説のひとつです」
「……仮説、ですか」
スミレはそっと手を見下ろす。
「はい。加護の正体は、いまだ不明な点が多いです。分類も例外ばかり。
ですが、いま書かれたこのレシピは、明らかに“誰かを助けるために自然と浮かんだ”知識……
それは、非常に価値ある“力の現れ”だと、私は思います」
エリオットは微笑むでもなく、淡々と肯定した。
「“自然にできたこと”が、誰かの役に立つ。それは、とても尊いことです」
***
午後、騎士団の詰所から、甲冑の音が孤児院に近づいてきた。
現れたのは――ガゼルだった。
隊を率いる姿はなく、今日は単独での巡察らしい。
門をくぐった瞬間、子どもたちが歓声を上げる。
「ガゼルさんだー!」
「また来てくれた!」
その声に軽く手を上げたあと、ガゼルは厨房の奥へ向かう。
「……例の保湿剤、試してみた」
スミレに向けられた言葉は、それだけだった。
けれど、声のトーンには、確かに“感心”が含まれていた。
「使い心地は?」
「軽くて馴染みがいい。訓練後や屋外任務のあとに最適だ。乾燥で割れてた指、久しぶりに落ち着いたよ」
「……なら、よかったです」
ガゼルは少し間を置いて言った。
「訓練所でも、配布用に作らせたい。……協力してもらえるか?」
スミレはほんの一瞬だけ黙り――
「……書きます。追加成分とか、改善点もあります」
「助かる」
それだけで、もう十分だった。
多くの言葉はいらない。ただ、行き交う視線と、ごく小さな頷きが信頼だった。
***
夕方、ユウトがスミレに声をかけてきた。
「なあ、あの保湿剤……ほんとに、騎士団で使うのか?」
「……たぶん。ガゼルさん、言ってた」
「うわ……すげーな……」
彼は少し言葉を選ぶように、ぽりぽりと頭をかいた。
「オレさ、いつか“役に立つ人間になりたい”って思ってたけど……スミレって、もうなってるよな」
「……そう、かな」
「そうだよ。自分じゃ気づいてないかもだけど……周り、すげぇ変わったよ」
スミレは、それを聞いて少しだけ目を伏せた。
変わったのは、自分だと思っていた。
でも――もしかしたら、世界も少しずつ変わってくれているのかもしれない。