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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
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言葉にならない成果

 厨房の隅に置かれた小瓶が、少しずつ減っていく。


 スミレが書き残した保湿軟膏のレシピは、実際に職員の手によって作られ、使われ始めていた。

 特別な道具も、高価な素材も要らない。けれど、確かな効果があった。


 「スミレちゃん、これ本当に効いたわよ。今朝は、指のひび割れがぜんぶ引いてたの」


 「お皿洗いがこんなに楽だなんて……すごいわね、これ」


 職員たちは嬉しそうに言葉を重ねた。

 中には子どもたちに塗ってやったという話もあり、小さな手を擦るように撫でる姿が微笑ましかった。


 その中心にいたスミレは、何も言わずにうなずくだけだった。


 言葉にならない。

 でも、胸の奥が、じんわりと温かい。


 


(書いて、よかった)


 目立ちたいわけでも、褒められたいわけでもない。

 けれど、自分が「誰かの助けになった」ことが――確かに、実感としてあった。


 


***


 


 中庭のベンチで一人ぼんやりしていると、背後から足音が近づいてくる。


 「……なぁ、スミレ」


 ユウトだった。


 「お前さ、あれ書いたんだろ。例の……保湿のやつ」


 「……作ったのはシスターたち。私は、書いただけ」


 「いやでも、あんなの思いつくか? すごいよ、お前」


 スミレは首を横に振る。


 「……たまたま、思い出しただけ」


 「ふーん。なんか、変な本とか読んでんのかと思ったけど……ガチで“知ってる”って感じだったしな」


 そう言って、ユウトは少し目を細めた。


 「……年下だと思ってたけどさ、なんか“中身”は年上みたいなんだよな。いや、悪い意味じゃなくてさ」


 スミレは小さく瞬きをした。


 「年齢とか、あんまり気にしてないけど……」


 「そーゆーとこも大人っぽいんだって」


 からかうような口調ではなかった。


 「なんか……すごいなって思っただけ。俺なんか、まだ誰の役に立ててるのか分かんねーし。素直に、尊敬してる」


 スミレは、目を伏せた。


 こんなふうに言われることに、まだ慣れていなかった。


 「……ありがとう」


 その声は小さかったが、確かにあたたかいものを含んでいた。


 


***


 


 夕刻、神殿からの使者が孤児院を訪れた。


 エリオット・セレファス。あのとき自分に名前を尋ねてくれた人。


 厨房で出迎えたスミレに、彼は変わらぬ調子で穏やかに語りかける。


 「……レシピ、拝見しました。素晴らしい知識です」


 「……覚えてたことを、書いただけです」


 「ええ。“覚えていたこと”が、きちんと人のために使われた。これが、記録の加護のひとつの形です」


 エリオットはそう言って、胸元の小さな魔導石を取り出した。


 「……もう少し、詳しく見せてもらってもいいですか?」


 スミレは少しだけ迷った末、こくりとうなずいた。


 


 加護というものが、どういう存在か。

 それが人からどう見られるか。

 スミレにはまだわからないことばかりだった。


 けれど、今日――自分のしたことが“誰かに届いた”のだと、そう思えた。


 その感覚は、たった一度の感謝よりも深く――確かに、心を動かした。

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