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余生、もう一度  作者: 金雀枝
第1章:知識と信頼の芽吹き
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巡る縁、ふたりの来訪者

 その日、孤児院にふたりの来客が現れた。


 門の向こうから聞こえてくる甲冑の音は、いつもの配達員のものとは違っていた。

 中庭でほうきを持っていたスミレは、ふと顔を上げる。

 陽を受けて光る銀の装束。その後ろに続く落ち着いた足取りの長衣姿――。


 覚えがあった。あのとき、自分を連れ出したふたりだ。


 (……騎士の人と、神殿の人)


 名を思い出せるほどの親しさはまだない。けれど、拒絶もしなかった。

 むしろ、ふたりの姿はスミレにとって数少ない“無理に踏み込まない存在”だった。


 


***


 


 「ガゼルさん!」


 門を抜けた瞬間に、ひとりの少年が駆け寄った。

 スミレにも馴染みのある背中――ユウト。孤児院の年長組。

 普段は茶化し役の彼が、今はどこか緊張気味な声で話しかけていた。


 「来てくれるって聞いてましたけど、本当に……。今日、あの体術の構え、見てもらってもいいですか?」


 「見せてもらおう。前より身体の使い方、よくなってるか確認したかった」


 「ありがとうございます!」


 スミレは廊下の影から、その様子をそっと眺める。


 ユウトは、普段からガゼルに強く憧れていた。

 軽口と自信家ぶった態度の裏に、真っ直ぐな目標を持っていることは――もう何となく分かっていた。


 


 一方、もう一人の来客――エリオットは、いつものように静かだった。


 神殿服に身を包み、足音ひとつ立てずにスミレの近くに立つ。


 「……こんにちは、スミレさん」


 スミレは小さく頭を下げる。それだけだった。


 「お元気そうで、安心しました。今日は孤児院との定期報告があって、少し立ち寄らせてもらいました」


 声は変わらず穏やかで、気を張る必要がなかった。

 言葉の数が少なくても、それを咎めない相手。それが、エリオットという人だった。


 


***


 


 「構え、入ります!」


 ユウトの掛け声が中庭に響く。

 ガゼルは黙って頷くと、腕を組んでじっと見守っていた。


 スミレはその様子を物陰から見ていた。

 ただの訓練のはずなのに、そこには妙な緊張感が漂っていた。


 (張り合ってる……のかな)


 ガゼルに向けるまなざしは、ただの尊敬ではない。

 追いつきたいという焦燥、追い抜きたいという欲――スミレは、どこか自分にはなかった種類の“熱”を感じていた。


 


「……だいぶ良くなったな。力みが取れてきた」


 「マジですか!?」


 「ただ、左足に体重が偏ってる。踏み込み時に癖が出る」


 「っ……はい、直します!」


 ユウトは汗を拭いながら笑っていた。悔しさと嬉しさの混じった顔。


 スミレは、そっと自分の両手を見下ろした。


 (ああいうふうに、自分を“認めてもらいたい”って……)


 言葉にするのは難しかった。

 でも確かに、胸の奥がすこし――わずかに、熱を持っていた。


 


***


 


 夕暮れが近づく中、エリオットは書類を職員に手渡しながら、スミレに声をかけた。


 「ところで、何か困っていることはありませんか?」


 「……特には。雑務にも慣れました」


 「それは何よりです」


 彼はそれ以上詮索しない。けれど、静かに観察する。

 その視線が心地よいとは思わないが、不快でもなかった。


 (……見られている、のは分かる)


 それでも、自分の中で何が起きているのか――まだうまく説明はできなかった。


 


***


 


 その日の夜、スミレはノートを開いた。


 何を書くでもない。けれど、指先が動いて、何かをまとめようとしていた。

 気温、洗い物の頻度、水の硬さ、職員の手荒れ――


 ふと、自分が書きかけた言葉に目を留める。


 “乾燥対策”――

 それは、どこか見覚えのある単語。けれど、確かな記憶とは結びつかない。


 ページの隅に残したそのメモは、やがてひとつの“きっかけ”になるのだった。

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