第92話 若すぎる母とスミラおばさん
この少女、きっと酷くお腹を空かせているはず。にもかかわらず、獣人ではない自分たちが女神教の炊き出しに並んでいいのか、と気にしているらしい。
前にサリアさんから聞いた。人の神の聖堂の炊き出しでは、獣人は邪険にされるという。だからその逆も、みたいな心配をしているのだろう。
だが、安心してほしい。この女神教の炊き出しは、建前はどうあれすべての孤児が対象なのだ。
「ひとまず、こっちにおいで。すぐに食事を持ってくるから、座って待っていてね」
「ありがとうございます、ありがとうございます……私は食べられなくていいです。でも、この子にだけはどうか……」
「大丈夫だよ、落ち着いて。ちゃんと二人の分を用意するからね。弟を優先するなんて、立派なお姉ちゃんだね」
「いえ、あの……この子は、私の子です。だめでしたか……?」
「あ、いやいや! ぜんぜん大丈夫! 勘違いしてごめんね。さあ、この青い敷物の上に腰掛けて。すぐに準備するからね。タリクくん、悪いけど見ててもらっていいかな?」
任せろ、と力強く応じてくれるタリクくん。
いったんその場を離れ、俺は気持ちを落ち着かせる……少女と男児、日本であれば誰もが姉弟だと判断する年頃だ。
ところが、母と子だと言うではないか。
まだ中学生か高校生くらいの見かけの少女だぞ。嘘だろ?
なんにせよ、急いでラビットサンドを仕上げねば。
とはいえ、あの母子は普通の人間。獣人ほど体が丈夫ではないはず。急にたくさん食べたら体を壊す恐れがある。
もちろん、対策を用意してある。
そもそも獣人でもお腹を壊す子がいるかもと考え、念のために準備しておいたのだ。
「サクタロー殿。あの子らに、ラビットサンドを食べさせないのですか?」
「ええ。その前に、飲ませないといけないものがあって」
今日は人が多いからと、付かず離れず護衛してくれていたカーティスさんが問いかけてくる。
俺は質問に答えながら廃聖堂のフロアに戻り、設置したままのガーデンチェアセットに置いてある荷物の中から、小さな陶器の瓶を取り出す。
すぐに食べさせてあげたいのはやまやまだけど、焦らずにこれを飲ませる。
「それは、生命薬ですか?」
「ええ、下級のものですが。まずはこれを飲ませてから、お腹いっぱい食べさせます」
俺が取り出したのは、下級の生命薬。緊急時を想定し、ゴルドさんがストックを寄付してくれた。
人間の孤児には、この薬を少しだけ水に混ぜて飲ませる。これで体を回復させてから、お腹いっぱい食べてもらうのだ。ただこの話が広まったら困るので、こっそりね。
もしダメそうなら中級の生命薬が控えている。かなり高額な品なのでおいそれとは使えないが、炊き出しでまさか死人を出すわけにはいかない。
紙コップに注いだ常温の水に、下級の生命薬をほんの一口分だけ混ぜ合わせてから、身を寄せ合う母子に手渡した。
二人は促されるままに口をつけ、中身を嚥下する。
次の瞬間、その瞳がぱっちり開かれた。土気色だった肌にも、じんわり血色が戻っていくのが見て取れた。
これなら大丈夫かな。傍らに立つカーティスさんと頷き合い、俺は焼き上がったばかりのラビットサンドを手渡す。
ぱくり、とまずは男児が生地の端っこを齧る。
我が子の様子を見守ってから、母たる少女も小さな口を動かす。
「わっ!? かあちゃん、おいしいね!」
「うん、うん……美味しいね、温かいね。こんなすごい食べ物、きっと神様たちだって知らないよ……本当に、本当にありがとうございます」
嬉しそうな顔をする男児を抱きしめながら、少女は何度もお礼の言葉を繰り返す。
俺は「おかわりもあるからしっかり食べて、休んでいって」と笑顔で伝える。唇の内側を噛んだおかげか、ギリギリ涙をこぼさずにいられた。変な顔になっていたらごめんね。
追加のラビットサンドを二人に手渡したら、うちの獣耳幼女たちの様子を確認しにいく。
すぐに三人を見つける……が、獣人の中年女性と親しげに話をしていた。はて、どちら様?
サリアさんが傍に付いているので、不審者というわけでもないようだけど。
「お話中にすみません、この子たちの保護者です。よければ、私もご挨拶させていただけますか?」
「あ、サクタローさん! スミラおばさんだよ! まえにね、わたしたちにパンくれたの!」
俺が近寄ると、エマが嬉しそうに教えてくれた。
聞けば、この子たちが廃聖堂で不安な日々を過ごしていた頃、この獣人女性がときどきパンを分けてくれていたのだという。そのうえ、井戸の水を使わせてくれていたのだとか。
つまり、この子たちの命の恩人ではないか!
俺はすかさず、彼女へ向けて深々と頭を下げた。
「はじめまして、伊海朔太郎と申します。お気軽にサクタローとお呼びください。エマたちが、本当にお世話になりました。おかげで間に合いました。ありがとうございます」
「いいえ、大したことはできなかったのよ。でも、いい人にもらわれて本当に良かったわね、三人とも」
照れくさそうに笑うスミラおばさん。
大したことは、なんてとんでもない。あなたの優しさで、繋がれた命が確かにあるのです。心から敬意が込み上げてくる。
「三人とも、本当にいい子で。こちらがお世話をさせてもらっているみたいなものです。それに日々、逆に色々と教えられる思いですよ」
「それでいいのよ。子育てはね、親も一緒に育つものなの。とにかく、この子たちの笑顔が見られてよかったわ」
その言葉に、不思議と救われたような気がした。
引き続きラビットサンドの感想を聞いたり、獣耳幼女たちを交えて雑談を楽しみ、頃合いを見て恩返しをしたいと伝える。
「この聖堂に滞在していますので、何か困ったことがあればいつでもご相談ください。必ず力になります」
「あら、ありがとう。そうね……何かあったら、ぜひ相談させてくださいね」
スミラおばさんは、少し困ったように微笑む。それから獣耳幼女たちの頭を優しく撫で、再会を約束して広場を去っていった。
この街にも、優しい人はたくさんいる。ただ、自分のことで精一杯なだけなのだ。
ふっと、雲の間から陽光が差し込む。
なんだか胸が熱くなり、堪らず足元にひっつく三人の頭を撫でまわした。すかさず『きゃあっ!』と明るい笑い声が聞こえてくる。
そういえば、この子たちは他にどうやって食料を得ていたのだろう。前に別の炊き出しや草を摘んで空腹を凌いでいたとは聞いたが、それでは絶対に足りない。
気になってそれとなく尋ねると、「せいどうのところにパンおちてたの!」とリリが教えてくれた。
誰の施しかは不明だが、出入り口付近によくパンが置いてあったらしい。それを井戸で汲んだ水でふやかし、分け合って食べていたそうだ。
俺はなんとなく、純白の女神像を思い浮かべていた。
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