第90話 社長就任の勧めとビジネスプラン
『社長やってよ、サクちゃん! すぐに起業するよ! 必要書類をレターパックで郵送したから、サインしたら返送して。場所は付箋を参考にね。他にも提出書類があって、そっちも至急用意してほしい。実際の手続きは、俺の顧問弁護士がやるから――』
「ちょいちょいちょい……待ってよ、セイちゃん。話が急すぎて、ぜんぜん追いつかないって」
コタツで一休みしていた俺は、いきなりすぎる提案にお茶を吹き出しそうになっていた。
遡ること、ほんの数分前。
異世界での炊き出しと片付けを終えて我が家へ戻り、うとうとする獣耳幼女たちを布団に導きお昼寝させた。タリクくんたちと楽しく遊んで、三人ともすっかり電池切れだ。
居間へ移ると、同じくコタツに入り浸りのサリアさんとフィーナさんが、テレビで時代劇に夢中になっていた。そのあたりで、ふと手元のスマホが震えだす。
画面には『セイちゃん』の文字が。いつも通り俺は気安い感じで通話をタップし、スマホを耳にあてた……のだが、開口一番にこの怒涛のご挨拶である。
「いきなり社長ってなによ。落ち着いて説明してくれない?」
『ああ、ごめんごめん! 例の預かった毛髪薬、検査結果が出たんだ。それが、ちょっと面白いことになってさ……サクちゃん、忘れてたりしないよね?』
もちろん覚えていますとも。ちょうど俺も、貯金残高が気になっていたところです。
少し前に彼から『五百万』もの大金の振り込みがあり、当面の生活は問題ない。しかし家計簿のエンゲル係数はバク上がり中で、色々と支出も多い。
日本で手に入る品を異世界に持ち込めば、相当効率よく金貨を稼げる。最悪は食材だって賄える。そのせいか、イマイチ危機感が薄いけど……やはり主拠点はこの祖母譲りの我が家で、こちらでの仕入れが生命線なのだ。
そこでセイちゃんと、異世界の毛髪薬を資金化するプランを練っていた。現状は成分チェックの段階だったはず。お金を貸している技術者さんに協力を依頼したんだっけ。
今回の連絡は、その結果を受けてのものらしい。内容も悪くなかったに違いない。スマホ越しの声にだいぶ勢いがあるもの。
「それで、結果はどうだったの?」
『それが、あの毛髪薬……成分的には「ほぼ純水」って判明したんだ』
「え、純水……?」
『俺も最初は驚いたよ、何かの間違いじゃないかって。すぐに自分の頭を丸めてまた試したけど、やっぱり問題なくてさ。いろいろ準備してたのにもう拍子抜け。検査を依頼した相手も、なんで借金を免除してまでこんなって、不思議そうにしてた』
セイちゃんの困惑気味な声を聞きながら、俺はまたお茶を啜る。
あれほどの劇的な効果を発揮する毛髪薬が、地球の科学的にはほぼ純水判定……正直、案の定といった心境だ。
異世界の迷宮産の品だから、もとより『魔法的なエッセンスを観測できないのでは』なんて予想していた。安全性についても同様で、女神ミレイシュの権能のおかげか人体に害はないと確信していたが……この結果は、確かにちょっとおもしろい。
『現代日本の検査機関が出せる結論としては、「純度が高く、ほんの少しミネラルを含んだ良質な天然水」といったところだってさ』
ただ、完全な純水ってわけでもないらしい。
詳しく聞けば、微量のミネラル分が検出されたそうだ。とはいえ、それも市販の天然水に含まれている程度の数値でしかない。
『毎度のことだけど、あの毛髪薬ってマジで何なの? そろそろハッキリ種明かしをしてくれてもいいんじゃない?』
「うん、そうだね……今度、連れていきたいところがあるんだ。楽しみにしてて」
セイちゃんの言う通り、諸々の正体を明かすにはいい頃合いだ。炊き出しがもう少し落ち着いたら、サプライズで異世界へご招待しよう。
毛髪薬の検査に関しては、とにかく驚かされた……が、悪い結果ではない。
もし未知の成分なんかが検出されていれば、日本で流通なんてまず不可能。けれど、中身がほぼ純水であれば話は別だ。
残すネックは二点。毛髪薬の使用に伴う発光現象、強烈すぎる効き目――これらの問題については、俺の方ですでにクリア済み。
先日、小悪党スクワッドに協力してもらった成果だ。
発光せず、ほんの少しだけ効果を見込める分量を確定させた。
原液のまま流通させては流石に劇的すぎる。一瞬でフサフサになれば、普通の日本人にとっては魔法を通り越して異変だ。あくまで『あれ、ちょっと生えた?』と思わせる絶妙なラインを攻めなければ。
ここまでの互いの情報をすり合わせると、製品化はもはや現実的なラインにまで達している。次に重要になるのは、具体的なプランだけど……そこはセイちゃんに考えがあるらしい。
『現状では、市販できる発毛剤に少しだけブレンドして流通させるつもり。そのために、OEM系の製品と製造ラインを持っている会社にコンタクトしてる』
こちらが渡した毛髪薬がほぼ純水と判明してから、直ちに行動を開始したという。
直接交渉を行っているのは、前に真珠の取引でお世話になった老松久蔵さん。例のお金持ち相手の便利屋さんであり、『老松パーソナルエージェンシー株式会社』の代表取締役だ。
軽く彼に話を振ったら、すぐに身売りしたがっている会社を見繕ってきたらしい。相変わらずのフットワークと敏腕具合だ。
『例の毛髪薬をブレンドする分量は、ほんの数滴でいいかもね。しばらく使い続けてうっすら効果を実感できる、ってペースが理想かな。欲を言えば、使用をやめたら効果がなくなってくれるといいんだけど』
セイちゃんの呟くような言葉に、俺は思わず頷く。
頭皮が完全に復活してしまえば、リピーターは望めないものな。できれば一年かけてゆっくりと、しかし確実に回復していく、みたいな感じであれば嬉しい。
少し申し訳なく思うが、これはビジネス。
長期的、かつ安定的な売上を確保させていただきたい。
『なんにせよ、流通が始まれば大きな利益を生む。実務関連は俺に任せて。老松さんやらを引き込んで上手くやるから。サクちゃんはあの毛髪薬の仕入れと、代表取締役社長としてお目付け役をお願いね』
「社長として、お目付け役……できるかなあ。ぶっちゃけ自信ゼロだけど」
『大丈夫だって。仕事は多くないし、俺も取締役副社長としてサポートする。これでサクちゃんもミリオネアの仲間入り確実だね』
どこにでもいる平凡なブラック社畜だった俺が、大金持ちに……現実感がなさすぎるし、今はまだ皮算用にすぎない。
それでも、もし資金に余裕ができたら……我が家のみんなに美味しいものをたくさん食べさせてあげたり、旅行を楽しんだりしたい。異世界での炊き出しも、引け目を感じることなく続けられそうだ。
特に経済的な不安から解放されるのであれば、とても清々しい気持ちを覚えるのだろうな。きっと全人類の夢だ。
「ていうか、資金面は大丈夫なの? こっちでもいくらか都合を……」
『ぜんぜん大丈夫。大した金額でもないし、いったん俺が立て替えておくよ。そもそもこのビジネスは、失敗しようがないしね。本当にいいものは黙っていても売れる。ちょっと広告とモニターを打てば、営業すら必要ないくらいだよ』
「そっか。じゃあ立替金は利益が出たら真っ先に精算だね。とにかくセイちゃん、思いっきり頼りにしているから」
『どんとこい、兄弟。一緒にやれそうで本当に嬉しいよ。それに俺は、利益は二の次なんだ……薄毛に悩む世界中の同士を救えたら、それだけで十分なんだ』
「こっちも嬉しくてたまらないけど……急に謎の使命感を押し出してくるじゃん」
セイちゃんはすでに経営者として大成功しているから、儲けを気にしないってのはわかるけど……いや、待て。今の会社はどうするのだろう。掛け持ちかな?
気になったので、もちろんすぐ尋ねてみた。しかし返ってきたのは、「近いうちわかるからお楽しみに」という意味深な台詞。
食い下がるも、最後は逃げるように通話を切られてしまった。
ちょっとやり返された心地だ。仕方ない、その近いうちとやらを楽しみに待つとしよう。
「サクタロー殿、話はもう終わったか? 私はみかんを食べたいんだが。とびっきり甘いやつがいい。できれば五個くらい」
「私もお茶のおかわりを頂戴できますか? いつも食後に飲んでいるものをお願いします。甘いみかんもいいですね」
通話を切るなり、ごろ寝しながらテレビへ目を向けていたサリアさんからリクエストが飛んでくる。フィーナさんも、我が家の居間ではすっかりぐーたらさんだ。コタツの魔力だね。
俺は苦笑混じりに「はいはい」と返事をして、セイちゃんとの会話の余韻に心を躍らせながら台所へ向かうのだった。
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