第89話 二回目の炊き出しと近隣住人の驚き
目の前に立つ獣人の中年男性の目は、ホットプレートに釘付けだ。
うんうん、ラビットサンドはすっごくいい匂いするもんね。気持ちはよくわかります。
とはいえ、これは炊き出しの料理。対象は、お腹をすかせている孤児たち。もっと言えば、フィーナさんと女神教の面々の助力を得ている建前上、獣人の子どもをメインにしている。
したがって、大人に食わせるメシはねえ――というのは冗談だが、ちょっとご遠慮してもらいたいのが本音。
もっとも、こんな事態を想定して対策はざっくり練ってきている。願わくば、逆ギレされて強制退場となりませんように。
俺は肉を焦がさないように気をつけながら、あらかじめ準備しておいた文言を告げる。
「こちらは、子ども向けの炊き出しとなっています。ただし大人の方にも、銅貨六枚のお代をいただければお渡しさせていただきますよ」
「なんだ、銅貨を取るのか……」
子どもは完全無料。それ以外は銅貨六枚で販売中。もし大人で代金を持っていないのならば、ゴルドさんが斡旋する日雇いの仕事の報酬から代金を天引きすることも可能。
大した儲けにはならないが、炊き出し費用の足しくらいにはなる……異世界の資金面に関しては、だいぶドンブリ勘定だ。日本の品を持ち込めば容易く稼げてしまうせいだろう。いずれ改めねば。
日雇いの斡旋先は、この街でも不人気な部類の重労働。内容は迷宮産の魔物の解体補助や可食部以外の死骸処理など。誰もがやりたがらないため、常時手が足りていないそうだ。子どもには到底務まらないこともあり、大人専門の求人である。
念のため、高齢者や体が不自由な人向けのプランも用意してきた。やはり魔物絡みの軽作業だ。こちらも業務の性質上、子どもは募集枠外なのだ。
要するに、『大人でお金がない方は働いて食事代を稼いでくださいね』という話。このあたりはすべて、サリアさんとフィーナさん、加えてゴルドさんたちと相談して決めた。
可能であれば、いずれは孤児たちでもつける安定した仕事を見つける、あるいは考案したいと思っている。もちろん両方でも可。魚を与えて飢えをしのぎつつ釣り方も教えましょう、って感じだね。
ひとまず現状では、肝心の肉や生地などは余るほど用意しているし、不足するようならすぐ補充もできる。仮に大人が百単位で押し寄せてきても、集まってくれた子どもたちの腹を満たすくらいわけない。味の秘訣、かつこの街では未知であろう焼き肉のタレの在庫もたっぷりある。
「食べればきっとご満足いただけると思います。さあ、どうしましょう?」
「本当か? まあ、そのくらいの値段なら……よし、買った! だけど、その前にうちの女房を連れてくるよ。一緒に昼飯を済ませちまおう」
こちらの問いかけに答え、一旦その場を離れる獣人男性。
奥さんを連れて改めていらっしゃるようだ……正直、嬉しい。俺は結構、自分の料理を振る舞うのが好きなんだよなあ。美味しいと喜んでもらえたらもう万々歳だ。
それに加えて、穏便に話がまとまってホッとした。
この調子で第二回目の炊き出しも成功させよう、と俺は腕まくりする。しかしその矢先、柔らかな制止の声がかかる。
「サクタロー様、調理番を代わらせていただきます。手仕事は下々にお任せください。フィーナ様と、どうぞご休憩なさってくださいませ。エマ様たちも寂しがっておられましたよ」
隣に歩み寄ってきたのは、フィーナさん付きの侍女さん方。奔放な主人に付き合って、野外での炊事に心得があるそうだ。何よりヒマだからと体を動かしたいと……いや、待て。任せるのはいいけど、気になりすぎる言い回しがあったな。
「お手伝いありがとうございます。ですが、下々とは……?」
「巫女たるフィーナ様やサリア様。何よりエマ様方のため、サクタロー様はこの地をご訪問なさっているとカーティスが申しておりました」
侍女さん方の筆頭、エルフの侍女頭さんに尋ねるも……明らかにすれ違っている。ご訪問ってなんです?
また身分を勘違いされていそうなので即座に訂正する。しかし何を言っても、「理解しておりますとも」と意味深な微笑みで受け流されてしまった。まさに暖簾に腕押し。
「サクタロー様はお立場をあえて隠し、手料理などを直接振る舞うのが大層お好きだと伺っております。ですが、御身を思えば適度に休息を取られるべきかと。私どもが常に控えておりますので、お気軽にお声がけくださいませ」
フィーナ様の分までお役に立ちます、と意気込む侍女頭さん。
ぜんぜん誤解されたままだな、これ……まあ、なるようになるか。我が家へ招待してから恐縮しきりだったゴルドさんたちも、近ごろはまたフランクになってきたし。時間をかけて、俺という平凡な日本人を理解していってもらおう。
お言葉に甘えて調理係を交代し、広場の端の獣耳幼女たちの元へ。先ほどからずいぶん賑やかな声が聞こえてくるなと思っていたら、食事を終えたタリクくんたちとひょうたん鬼で大はしゃぎしている。みんなにルールを教えてあげたのかな。
鬼はサリアさんだ。人外の運動神経で標的たちを弄びながら、「ふははははッ! 逃げ惑え!」と高笑いを上げている。少しは手加減してあげてね。
ちょうど近くのテーブルにフィーナさんが座っていたので、俺も反対側の椅子に腰を下ろす。
「お疲れ様です、サクタローさん。私の侍女たちはお役に立っていますか?」
「もちろん。おかげで、こうしてゆっくり休憩できるよ。フィーナさんはもうラビットサンド食べたの?」
「はい、さきほどいただきました。今日も絶品でしたよ。それに、子どもたちも楽しそうで……思わず和んでしまいますね」
俺たちは談笑しながら、賑やかな子どもたちを見守る。
そういえば、フィーナさんのご要望で言葉遣いを改めたのだが、わりと自然になってきたな。自分にだけ敬語で疎外感を感じていたそうだ。
「おーい、兄ちゃん! 近所の奴らも連れてきちまったが、大丈夫かい? 食べてみたいってうるさくてよお」
陽気な声とともに、先ほどの中年男性が手を振りつつ戻ってきた。お隣には奥さんらしき女性、それに数人の男女を伴っている。揃って獣人だ。
対応すべく俺は腰を上げようとしたが、先に侍女さん方が動いてくださったので、そのまま反応を待つ。
銅貨と引き換えにラビットサンドを受け取った近隣住人たちは、護衛のエルフの騎士さんの案内に従い、空いているテーブルにつく。子どもたちの多くがすでに食事を終えていたので、席には余裕がある。
続いて、がぶりと一口。
間髪入れず、驚愕と歓喜の入り混じった悲鳴が上がる。
「な、なんだこりゃあっ!?」
「うめえっ!? しょっぱくて甘い……!」
「あらまあ、これは貴族様の食べ物じゃないのかい……?」
「本当に銅貨六枚なのか……何かの間違いじゃないか?」
目を丸くして驚き、すぐにまた食べ進める近隣住人たち。お口に合ったみたいで何より。最初に声をかけてくれた男性などもう一つおかわりをして、奥さんと半分こにして食べていた。
よかった。この反応ならば、異世界で焼き肉屋さんでもやったら大繁盛しそうだな。
たちまち平らげてしまった近隣住人たちは、『ラビットサンドはいつでも食べられるのか?』と侍女頭さんを質問攻めにしていた。広場を去っていく際の満足げな顔は、きっとしばらく忘れない。
ふと、自分には調理師を目指す道もあったのでは……なんて他愛のない空想を巡らせる。しかしすぐ、俺は頭を振る。輝くような笑みを浮かべ、うちの獣耳幼女たちが駆け寄ってきたからだ。
「サクタローさん、ちょっとおなかすいてきたかも!」
「リリも! ラビットサンドのおかわりある?」
「んっ、いっぱいはしったからぺこぺこ!」
エマ、リリ、ルル、と。頬を赤くした三人は、小さく飛び跳ねながらおかわりのおねだり。さっき一つ食べて、お腹いっぱいと言っていたでしょうに。それでも席を立ち、なんだかんだラビットサンドを作ってしまう。
これまでの平凡な人生が、足に引っ付くこの子たちの笑顔に繋がっている。そう思えば、俺の人生はもう現時点で大成功だ。
ところが、その日の夕方。
幼馴染にして頼れる兄貴のセイちゃんから連絡が入り、社長業への道が突如拓ける。本気で言ってます?
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