第76話 女神ミレイシュの奇跡をお裾分けしよう
タリクくんの話を聞いた、その日の夕方。
我が家へ帰ってきてからというもの俺は、しょんぼりとした獣耳幼女たちに元気を出してもらおうと構い倒した。あまりにしつこいから、三人ともコタツから脱走するほどだ。
その後を追いかけ、捕まえたら抱き上げて頬ずりして回る。そうこうしているうちに、居間に明るい笑い声が戻ってくる。
サリアさんは、フィーナさんと一緒にテレビに夢中だ。
暴れん坊の将軍を観賞しながら、その素晴らしさを力説していた。
長々と話を聞かされるエルフのお姫様は、お気に入りの緑茶をすすりながらのんびり相槌を返す。なんともバランスの良い二人だ。
しばらくしたら、俺は晩ごはんの準備に取り掛かる。
今日のメニューは、うちの母直伝の『鶏の唐揚げ』に決めてある。これで、獣耳幼女たちのご機嫌も最高潮へ達するに違いない。
異世界から戻ってきてすぐ、塩コショウをまぶした鶏肉を漬け込んでおいたので準備もバッチリだ。
つけ汁は、しょう油、酒、生姜、にんにく、それにマヨネーズを少々加えた。
衣は、片栗粉と小麦粉のダブル。それをしっかりまぶしたら、たっぷりの油で揚げていく。数分経ったらバットの上で休ませ、また油の中に戻す。我が家は二度揚げなのだ。
エマたちのお手伝いはナシ。油をたくさん使って危ないからね。それでも香ばしい匂いに釣られたのか、台所の入口から三つの頭がこちらを覗き込んでいる。ぴくぴく動く獣耳がなんとも可愛らしい。
今日からフィーナさんも一緒なので、六人分を手際よく揚げていく。みんなたくさん食べるから、よそのご家庭よりもだいぶ大盛りだ。
出来上がったら、コタツに座って『いただきます!』とみんなで手を合わせる。
さて、味のご感想は……サリアさんの「美味いッ!」の怒号めいた称賛を皮切りに、フィーナさんからも「素晴らしい……!」と感嘆の声が上がる。
獣耳幼女たちは、それぞれのキッズフォークに刺した唐揚げを掲げつつ飛び跳ねていた。大絶賛で嬉しいけど、食事中は暴れないようにね。
俺が「熱いからやけどしないようにね」と注意を促せば、『じゃあ食べさせて』とすぐにみんなが集まってくる。
結局、いつも通り身を寄せ合って賑やかに晩ごはんを平らげる。
もちろんサリアさんもそばにいる。せっかく大きいコタツを買ったのに、使う場所は相変わらず偏りっぱなし。
フィーナさんは、ニコニコと微笑みながらすごい勢いで唐揚げを食べ続けている。白米も抵抗なさそうだ。
ごちそうさまと空いた皿の片付けをしたら、コタツでお茶を飲みながらまったりタイム。獣耳幼女たちはりんごジュースだ。
そこで俺は、頭の片隅で輪郭を帯び始めていた考えを思い切って口にした。
「ねえ、みんな。近々、サナちゃんを我が家へ招待してもいいかな?」
「サナちゃん! わたし、またあいたい!」
真っ先に反応したのは、俺の膝の上をゲットしたエマ。くるりとこちらへ向き直り、飛び跳ねるみたいに体を揺らす。
それに続き、左右に座るリリとルルも『いつおうちにくるの!?』と騒ぎ出す。
いつにしようか。もうすぐ年末だから、なるべく早い方がいいかもね。
「それでね、サナちゃんはちょっと病気にかかっているみたいなんだ。お咳が止まらなくなったりして、とっても大変みたい」
「おせき……? つらい?」
エマは一転して、心配そうにヘーゼルの瞳を揺らす。
この子は、本当に心が優しい。そのうえ、お姉ちゃんとして二人の妹を守り通すだけの強さを持ち合わせている。間違いなく天使だ。
もちろん、リリとルルも心配してくれている。この子たちも心が優しく、天使である。つまり、天使の三姉妹なのである。
それはさておき、俺はその症状をわかりやすく説明した。
お母さんの話では、サナちゃんは小さな頃から喘息を抱えており、なかなか改善しないらしい。
本人は小学一年生だが、発作のせいでクラスの輪に馴染めず、現在は自宅学習が続いている。
「年端もいかぬ子どもが……それは、おつらいでしょうね」
「私は病にかかったことがないからわからんが、体も小さかったな。今度は一緒に肉をたくさん食べるべきか」
フィーナさんは真剣に話を聞いてくれていた。サリアさんも友だちとして、手を差し伸べたいと考えているようだ。が、ふと口に肉を詰め込まれるサナちゃんの幻想が脳裏に……ありがたいけど、お肉はほどほどにね。うちの子たちほどは食べられないだろうから。
「とにかく、俺としては喘息を治してあげたいと思うんだ。みんなはどう? サナちゃんに、元気になってもらいたくない?」
『なってもらいたいっ!』
俺の膝の上に座ったまま、エマはまたも小さく飛び跳ねる。
リリとルルも、勢いよくこちらへ乗りかかってきて――三人は声を合わせ、間髪入れず元気いっぱいにお返事してくれた。
サリアさんとフィーナさんも、笑顔で頷いてくれている。
「じゃあ決定だね。みんなで一緒に、サナちゃんを元気にしちゃおう!」
『するっ!』
またも揃って答えてくれる獣耳幼女たち。その頭を順番に撫で回しながら、俺は具体的な方策について検討する。
異世界の生命薬を使うのは確定である。だが、発光現象などでサナちゃんに違和感を抱かせたくない。加えて、一回で治してしまったらご家族が不審がるかもしれない。
そのあたり、どうにか上手く調整できないかサリアさんとフィーナさんを中心に話し合う。
「サクタローさんは、すごいなぁ」
「俺じゃなくて、迷宮で見つかるお薬がすごいんだよ。それに、エマたちがいてくれたから手に入れることができるんだ」
始まりはこの子たちだ。困窮に苛まされながらも必死にもがき、その無垢な祈りに女神ミレイシュが応えてくれた。そして、今の賑やかで和やかな生活がある。
三人を抱きしめて左右にグイグイ揺らせば、きゃっきゃと楽しげな声が上がる。
「それと、これはまだ未定なんだけど……聖堂で炊き出しもやろうと思うんだ。ちょっとでも孤児たちの助けになればいいなって」
ゴルドさんたちにも相談したいから、これはまだ少し先の話になる。
それでも、まずは実際に孤児たちと向き合ってみたい。もちろん炊き出し自体も目的だ。手の届くところにいる子どもだけでも助けられたらいい。
「だから、みんなも一緒にメニューを考えてくれない?」
「やるっ! わたし、がんばるっ! うぅ、ううぅ~……」
エマが張り切って立候補してくれる。しかしその直後、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。慌ててその頬を手で拭い、俺は「急にどうしたの?」と尋ねる。
「たって、サクタローさんはやっぱり神さまよりすごくて、フェアリープリンセスみたい……!」
泣き笑いしながら言うエマ。きっと興奮がピークを超え、感極まってしまったのだろう。
すぐにリリが「またないてる!」と、俺のマネをして頬を手で拭ってあげていた。ルルも、よくわかっていなさそうな顔をしながらも体を優しくさすってくれている。
でも、アラサーの俺がフェアリープリンセスかあ……思わず苦笑いを浮かべながら、また三人をぎゅっと抱きしめる。
楽しそうだと思ったのか、サリアさんが「私もいるぞ!」と覆いかぶさってきた。ニコニコと微笑むフィーナさんの表情が、なんとも優しげだ。
うちの獣耳幼女たちが最優先なのは揺るがないし、これ以上誰かを我が家へ招くこともないだろう。とはいえ、『このまま自分たちだけ幸せに暮らしました』ってのはどうにも寝覚めが悪い。
だから、女神ミレイシュの奇跡をほんの少しだけお裾分けしよう。できそうなことだけ、無理せずちょっぴり頑張ってみましょうか。
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