第7話 お風呂できれいに
「これなぁに?」
玄関に入ってすぐ、今度はリリの姿を発見した。小さな体を丸めるようにしゃがみ、たったいま運び込んだ荷物を興味深そうにつついている。バタバタと出入りしていたせいで眠りを妨げてしまったのかも。
「うるさかった? ごめんね」
「ううん、なんか起きちゃった。ねぇサクタロー、このおうちには変なものがいっぱいね」
「どうしてそう思ったの?」
「ひまだったから見てきたのよ!」
ぴょんと立ち上がり、胸を張って答えるリリ。
聞けば、一人だけ先に目が覚めてしまったそうだ。きっと気を失っていた影響だろう。それから、暇つぶしに家の中を探検して回ったらしい。
続けて「楽しかった?」と尋ねれば、満面の笑顔をそえて「はじめて見るものばっかりで、すっごく楽しかった!」という答えが返ってきた。金色の狐耳も、頭の上でピコピコ動いて満足げだ。
俺は『異世界』の前時代的な光景を思いおこす――恐らく地球とは、用いられている技術や文明の発達状況に大きな差があるのではないだろうか。それこそ、世紀単位で隔絶している可能性がある。
さらにリリたちの孤児という境遇も加われば、日本の平凡な一軒家を見てまわるだけでもテーマパークさながらの体験に感じられたに違いない。
「そっか、楽しめたならよかった。でも、次に探検するときは俺にひと声かけてね。危険な物があるといけないから」
「はぁい。それよりサクタロー、これはなに?」
「食べ物と、君たち三人の新しい服だよ。今さっき届いたんだ」
「えっ、服? これリリたちのっ!?」
荷物の中身を教えてあげると、リリは大きく目を見開いて驚く。特に新しい服が気になるみたいで、間髪入れず「はやく着たい!」と騒ぎ始めた。
ぴょんぴょん飛び跳ねつつおねだりする姿が微笑ましくて、今すぐに着替えさせてあげたくなる……が、ちょっとお待ちいただきたい。
「新しい服を着るのは、お風呂に入ってからだよ」
「おふろ? それおわったらいいの?」
「うん。体をきれいに洗ってからね」
「わかった、すぐやる! エマ、ルル、あたらしい服よっ!」
尻尾を振りながら、大はしゃぎで居間へ駆け込んでいくリリ。
風呂が何かわかっていなさそうだが、とにかく新しい服が着たくて全力である。あれで体調不良で倒れたばかりというのだから信じられない。
なんにせよ、食品以外の整理は後まわしかな。すぐに入浴できるように準備せねば。せっかくだからお湯を張って、ホカホカになるまでつけ込んでやるぜ。
***
「それじゃあお風呂に入るぞー」
「はいっ!」
俺は大急ぎで入浴の準備を整え、幼女たちを洗面所につれてきた。
突然の入浴宣言に対し、初陣へ向かう新兵のような真剣さで返事をするエマである。さては君も、風呂が何かわかっていないな。
リリは洗濯機などに興味津々で、「あれなに? これなに?」と見るものすべてに目移りして大興奮。
ルルは寝起きが悪いらしく、先ほどからぼーっとしている。というか、ちょっと不機嫌そうに尻尾を揺らしている。寝ているところを叩き起こされたせいだろう。
そんな三人に対し、俺は浴室を手で示しつつ説明を続ける。
「みんなよく聞いて。この中で丸ごと洗って、君たちをきれいにします。今日は俺も一緒に入って、やり方を教えるね。しっかり覚えてね。次からは三人だけで入ってもらうよ。じゃあ、ここで服を脱ごうか」
「はいっ! もうふたりとも、神様……じゃなかった、サクタローさんの話を聞かなきゃだめよ!」
お姉ちゃんぶりを発揮したエマが、ろくに話を聞かない妹たちをたしなめる。
かくいうエマも、ちゃんと話を聞いているのか疑わしい。それというのも、俺のことをいまだに『神様』と思いこんでいる節がある。
お昼寝から目覚めて以降もたびたび呼び間違えたり、やたらキラキラした瞳で見上げてきたり……きっちり否定して、呼び名もどうにか『サクタロー』に訂正はしたものの、残念ながら勘違いは加速気味のようだ。
それはさておき、服を脱いだら全員で浴室へ入る。
「これがシャワーで、ここをひねるとお湯が出るからね。ほら、温かいでしょ」
「わあっ、お水があったかい!? 神様のおうちすごいっ!」
「ほんとだ! なんで? ねぇサクタロー、どうして?」
設備を実際に使って入浴の手順を教え始めたところ、エマがやにわに口を滑らせた……これ以上悪化する前に矯正せねば。
続く弾んだ声はリリのもの。この子は好奇心旺盛で、とにかく何でも知りたがる。素晴らしいことだけれど、そのたびに説明を求められる俺としてはちょっと手加減願いたい。
ルルも言葉こそ発さないが、興味をそそられた様子。先ほどまでの不機嫌もどこへやら、瞳を輝かせながら銀のシャワーヘッドを見つめている。
それからも、一事が万事この調子。
「体が少し温まったら、まずは頭を洗うからねー」
「はい! ルルもこっちきて、あったかくて気持ちいいよ。きゃあ、お水が目にっ!?」
「あったかくて気持ちいいー! サクタローなんでぇ?」
リリの質問を「不思議だねぇ」といなしつつ、俺は楽しそうな三人を容赦なくずぶ濡れにしていく。洗い方の説明なんかも一応は継続しているけれど、もはや聞いちゃいない。
まあ、いいか。今日は汚れが落ちればヨシとしよう。
「じゃあエマから順番に洗うから、こっちの椅子に座って。二人も、体を冷やさないようにシャワーにあたりながら手伝ってね」
「は、はいっ、わかりました!」
「目に入ると痛いから、ぎゅっと瞑っててねー」
気合十分のエマをお風呂イスに座らせ、俺もその背後に腰をおろす。
シャンプーをつけて頭をワシャワシャこすれば、くすぐったげに「あうぅぅ……」と声が漏れる。犬耳は泡が入らないように慎重に扱う。
ちなみに、この子たちは頭部の側面にも一般的な人間の耳がついているため、合計で四つの耳を持っている。髪の隙間からちょこちょこ覗いてはいたが、こうしてみると獣耳のコスプレっぽい。
それにしても、ぜんぜん泡立たないな……わかってはいたが、ずいぶんと汚れているようだ。
遊び感覚のリリとルルに手伝ってもらいながら三回ほど洗い直して、ようやくエマの髪は亜麻色の艶を取り戻す。
「これで頭はオッケー。次は体ね」
子ども用スポンジにボディソープを垂らし、泡立てる。もこもこの白い泡が珍しいらしく、幼女たちの興奮にまた火がついた。
とにかく、汚れが落ちるまでしっかりと洗わせてもらう。むず痒そうに身を捩るエマには悪いが、尻尾の先まで丁寧に泡まみれにした。そうして何度か洗い流しを繰り返すと、ようやく子供らしいつるつるのたまご肌があらわになった。
「よし、終わり。じゃあエマ、リリと変わってね」
「は、はいっ! ありがとうございました!」
「やったー! はやくやって!」
きれいになったら順番交代で、今度はリリをお風呂イスに座らせる。
浴室に反響する楽しげな声を聞きながら、同じように丸洗いしていく。隣に並ぶエマが一生懸命手伝ってくれた。
ルルは飽きてしまったみたいで、さっきからずっと湯船の水面をちゃぷちゃぷ手で叩いている。お湯につかってみたいのかな。
「よーし、リリはこれで終わり。お待たせ、ルル。ほら、こっち座って」
「ありがと、サクタロー!」
俺は「どういたしまして」と告げ、ルルをお風呂イスに座らせた。そのまま、きれいになったばかりの二人の手も借りて、髪も体も手際よくつやつやに洗い上げていく。
自分の姉に命じられ、幼い頃の姪を何度か風呂に入れたことがあったのだが、まさかその経験がこんな形で役立つなんて思いもしなかった。
「うん、いいね。三人ともきれいになったよ。最後は湯船で体を温めてね。でも、長くつかり過ぎないよう気をつけて」
順番に抱き上げて湯船にそっとつけてあげると、エマとリリの口から『ほえぇぇ~』と気の抜けた声がこぼれる。
ルルも目を細めてとても気持ち良さそうだ。ただ体格が特に小さいので、溺れないかちょっと心配。湯船につかっている間だけは俺が見ておいた方がよさそうだ。
ひと段落したら仕上げに、ぽちゃんとアヒルのおもちゃを湯船に浮かべる。
三人とも興味津々で、バシャバシャ水面をたたいたりして大はしゃぎ。喜んでもらえたようでなによりです。
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