第60話 海神の涙の正体
「……あれ、じゃあサリアさんが奴隷になっていたのも知らなかったんですか?」
「いえ、それは知っていましたよ。滞在中に噂が回ってきましたから。ですが、原因がアレですからね」
俺がまた席に戻りながら問いかけると、フィーナさんはさらりと答える。
友人であるサリアさんが奴隷堕ちしたものの、すぐには手を差し伸べなかった――これにも、ちゃんとした理由があった。
「海神の涙を探す役目を優先したのもありますが、事態が落ち着くまで静観する予定でした。でないと、周囲も納得しませんからね……私も、流石にやり過ぎではと心配になりました」
ああ、確かに……サリアさんは、借金取りを逆に叩きのめした。しかもその中に貴族の縁者がいて、問題は大炎上。そこで、ケジメを付けるべく奴隷となった。
改めて考えてみてもだいぶ横暴だし、少しくらい反省を示さないと関係者も引っ込みがつかないよな。
それにフィーナさんは身分を隠しつつ、特使団の人員を使って例のヴァルドさん(奴隷商)と接触を図り、そう変なことにはならないと確証を得ていたそうだ。
「暴れて問題をうやむやにするのは、あまりよろしくないですからねぇ……ましてや博打で作った借財ともなれば」
ひとまず放置し、ほとぼりが冷めた頃合いにでも解放すべく手続きを進めるつもりだったらしい。その後は、一緒にレーデリメニアへ向かう手筈まで整えていた。
ところが、その前に俺が現れて契約が成立してしまう。
「無論、契約に文句を言うつもりはありません。とはいえ、あまり酷い扱いを受けているようなら交渉を、と考えていました。ですが、その様子を見るに……ずいぶんと贅沢を覚えてしまったようですね?」
「サクタロー殿のそばは、最高に居心地がいいぞ。フィーナもどうだ? どうせしばらくは国に帰れないのだろう。あ、茶のおかわりを頼む」
当のサリアさんは余計な提案を口にしながら、空になった自分のカップを差し出してくる。新しい紅茶を淹れるついでに、「他国のお姫様を勧誘するんじゃありません」と注意しておいた。
同時に、獣耳幼女たちにもお菓子のおかわりを出す。歓喜の声が廃聖堂に響き、俺も思わずニッコリである。
「これでは、どちらが主かわかったものではありませんね」
「私は奴隷だが、護衛でもあるのだ。ちゃんと役目は果たしているから問題はない」
まあ、サリアさんは普段ぐーたらだけど、やるときはやる人だからね。
というか、フィーナさんやドワーフの兄弟のティーカップも空だ。お菓子のおかわりも出さないとね。大好評で嬉しい限りだ……あれ、なんか俺だけ忙しいな。
「ところで、その海神の涙ってどんなものなんです? 現物とかないんですか?」
「生憎と現物は持ち合わせていませんが、サクタローさんはおそらくご存知かと。女神ミレイシュのお導きによれば、この聖堂に足を運ぶと道が開けるみたいですから」
そう前置きしつつ、フィーナさんは歌うように語る。
海神が流した涙が海へ落ち、その輝きを宿した貝が珠玉を育む――彼女の故郷では、そんな説話が伝えられるほど貴重な宝物らしい。
なるほど、貝に珠玉ね。
それって、もしかして……。
「人間の国じゃあ『真珠』などとも呼ばれている。もっとも、ワシらの求めるものは伝承に残るほどの大きさだがな」
ああ、やっぱり真珠か。
ガンドールさんが答え合わせをしてくれて、やっとスッキリした。
ただし、大切な祭具の修繕に欠かせないのはビッグサイズ。つまり、大玉の真珠が必要なのだとか。それも一つではなく複数。
さらによく話を聞けば、異世界では相当希少な宝石として扱われているようだった。
そもそも良質な真珠が採れるのは、千個以上の貝に対してたった十数個ほど。大玉となればなお希少で、数年に一つ見つかればいい方なのだとか。かつて、栄えた港街と交換を求めた王すら存在したという。
採取方法は、日本と違って素潜りでの手作業が主。技術面の制約により大量生産は困難。おまけに、異世界の海では時おり巨大な魔物が現れて船を襲うこともある。そのため、真珠の希少価値は一層高まっている。
言うまでもなく、可能性のありそうな各地は捜索済み。
だが、結果はすべて空振り。
それでなぜ女神教の特使団が、遥々ラクスジットまで足を伸ばしたのかといえば……この街の迷宮には海の階層が存在し、過去に大玉の真珠が発見された記録があるらしい。それゆえ、一縷の望みをかけての再訪となった。
王位継承にも関わる宝物の捜索である。異国の地に建つ女神教の聖堂の視察を後回しにせざるを得ないほど、優先順位が高かったようだ。もとより目的が違うわけで。
しかし、残念ながらまたしても成果を得られず、とうとう滞在費も底が見え始めた……そんな折、不意にミレイシュ様からご神託が下った。
この廃聖堂を訪問すれば、新たな道が開けると――かくてエルフのお姫様は、俺のおもてなしを受けることになったのである。
あー……確かに、あるな。
自室の鍵付きの棚に、亡くなった祖母の真珠の首飾りを保管している。ただ、サイズが大玉だったかは覚えていない。
いずれにせよ、実物を見せた方が話は早そうだ。
再度断りを入れ、俺はいったん我が家へ引き返す――数分もかからず廃聖堂へ戻ってきて席につき、ベロア調の専用収納ケースをテーブルに乗せた。
続けてそっと蓋を開けば、艶やかな光沢を湛える真珠のネックレスが姿を現す。
それを見て、フィーナさんとドワーフ兄弟は感嘆のため息を漏らした。
こちらを覗き込んでいた獣耳幼女たちも、『すごい、きれい!』と大はしゃぎ。もし欲しがるようなら、今度買ってあげようかな。サリアさんだけは、あまり興味がないみたい。今はお菓子をポリポリ食べている。
「まあ……これほど美しい球形をした海神の涙が現存するとは、本当に驚きました。サクタローさん、ありがとうございます。祭具も修復の目処が立ち、ミレイシュ様もお喜びのことでしょう。必ず対価をお支払いしますので」
「いや、これは譲れませんよ」
当然でしょ、大切な祖母の形見なんだから……けれど、フィーナさんたちからすれば予想外の拒絶だったらしい。ドワーフの兄弟も同様に目を丸くして固まっていらっしゃる。
まあ、ちょっと意地悪が過ぎたかな。ちゃんと代案を用意してあるので、そんなに心配しないでほしい。
「大丈夫ですよ、ちゃんと新しい真珠を用意しますから」
そもそもこれ、ネックレスだから真ん中に穴が空いちゃっているしね。
何より、ミレイシュ様への捧げ物なのだ。とびっきりの上物を用意しなければ。もちろん、適切な予算は頂戴しますよ。
「それでは、また後日こちらにいらしてください。私の母国が誇る本真珠をお見せしますよ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、宣言した。
とりあえず、夜になったらセイちゃんに連絡しよう。お金もちだから、きっと真珠の販売店とか知っているはず。勝手に頼りにしているからね、我が義兄よ。
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