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第59話 フィーナさんたちの事情

「この姫さんはなあ……エルフの中でも群を抜いて見目がいいからって、そりゃもう周りに甘やかされて育ってきたのよ。厳しく言えるのは、王太子の兄貴くらいのもんだな」


 俺が困惑して首を傾げていたら、ガンドールさんがため息混じりに口を挟んできた。こちらは兄の方だ。このドワーフの兄弟はどちらも髭もじゃゴリマッチョで見分けづらいけど、衣服が微妙に違うから間違いない。


 そんな彼が言うには、フィーナさんはエルフの中でも抜群の美人らしい。

 おまけに少し年の離れた末娘だったこともあり、国王夫妻や兄姉にめいっぱい可愛がられてきたそうな。


 民からの人気も高く、国元では誰しもがチヤホヤするほどだとか。もはや国民的アイドルだ。


 結果、フィーナさんは長じるに連れ奔放になっていき……いつしか、公務をサボって城下町で遊び回るダメ王女へと成長を遂げていた。


 それでもただ一人、王太子のお兄さんだけは本気で妹の将来を心配していた。その甘ったれた性格を矯正しようと、日々奮闘していたのだ。しかしその甲斐も虚しく、フィーナさんは国宝である海神の涙を耳飾りにしようとする暴挙へ至る。


「お父様たちもひどいのですよ。私のお小遣いをぜんぶ取り上げたばかりか、『海神の涙を手に入れるまで帰国することまかりならん』などと突き放すのですから――ああ、このお茶の香り高さといったら言葉もありません。こちらのお菓子も、芳醇な味わいで本当に美味しいですね」


「ありがとうございます……よければ、お茶のおかわりでもいかがです?」


「あら、よろしいのですか? それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ。せっかくですから、お菓子の方もいただけると嬉しいです」


 ニッコリと微笑み、おかわり待ちの体勢に入るフィーナさん。


 この人、自分の状況をちゃんと理解できているのかな……半ば国外追放中の身の上だというのに、どうにも浮き世離れして見える。これが生粋のプリンセスとやらの生態なのだろうか。


 とりあえず、俺はお茶とお菓子のおかわりを差し出す。

 ついでに、獣耳幼女たちの頭を撫で回して気持ちをリフレッシュする。三人ともきゃっきゃっと楽しげな反応を見せてくれて、こちらまで嬉しくなった。


 さて、そろそろ話を本題へ戻すか。

 俺は椅子に腰を落ち着け、最も気になる問いを投げかけた。


「それで、フィーナさん。肝心の『海神の涙』は見つかったのですか?」


「いいえ。今のところ、捜索は徒労に終わっています。ラクスジットの迷宮なら見つかると思ったのですが……ああ、やはりこのお茶は素晴らしいですね。お菓子の方をもう少し頂戴しても?」


「姫さんの護衛や世話を任されたオレら特使団の滞在費も、何かと入り用で底をつきかけているからな。帰国を検討していたところだ」


 のんきにお茶を飲みつつ、またおかわりを催促してくるフィーナさん。

 続いて口を開いたのは、ドワーフの弟のグレンディルさんだ……が、わりと衝撃的な事実が明かされた。


 その内容は、女神教の特使団が結成された理由――どうやら、フィーナさんのやらかしの尻拭いをするためだったらしい。国王夫妻も困り果てたとはいえ、可愛い末娘を一人で旅立たせるまでの覚悟はなかったのだろう。


 ちなみに、女神教の特使団の体裁を取ったのは、外交上の配慮からだそうだ。

 ハッキリ言って、甘々の沙汰だな……けれど、気持ちはわからないでもない。


 仮にうちの獣耳幼女たちが盛大にやらかしたとして、俺もそこまで厳しくはできないだろうからな。もっとも、三人とも天使なのでそんな心配は皆無だけど。


「そのような事情があり、ラクスジットに到着してからは迷宮に手一杯でした。ゆえに女神教の特使団を名乗っておきながらも、この聖堂の惨状に……同胞たちの苦境に、気づいてあげられませんでした。その点については、本当に申し訳なく思っております」


 フィーナさんはのんきそうな笑顔から一転、神妙な面持ちで謝罪を口にする。

 なるほど。おおよそのところは理解した……だが、廃聖堂の処置に関してだけは極めて不満である。


 うらぶれたこの廃聖堂で幼き身を寄せ合い、過酷な貧困生活を送る中、エマたちがどれだけ心細く思っていたか……あのまま放置されていたら、最悪の結末を迎えてもおかしくはなかった。


 そもそも、奴隷堕ちする前のサリアさんやこの街の住人はどうなんだ? 

 獣人、エルフ、ドワーフ。この三種族は、共に女神ミレイシュの子で同胞なのだという。ならば見知らぬ孤児とはいえ、もっと気にかけてあげても良かったのではないか――俺はつい感情的になり、そんな不満をぽろっと口にしてしまう。


「サクタロー殿、あまり言いたくはなかったのだが……この街では、食い扶持のない孤児は厄介者だ。スリや盗み、暴力や脅迫、奴らは生きるためになんでもやる。まっとうな生活を送っている者からすれば、煙たがって当然の存在なのだ」


 思いっきり眉根を寄せる俺を諭すように、サリアさんがこの街の事情を教えてくれた。


 全員がそうではないが、行き場を持たず、飢えに直面する孤児も多い……そういった者たちは徒党を組み、生き延びるため街で悪さを働く。挙句、貧民窟で幅を利かすギャングにスカウトされるのだとか。 


 まして迷宮が存在する以上、孤児の発生しやすい条件が揃っているらしい……非常に言葉は悪いが、個人で救うにはキリがない状況だ。


「何より女神教の聖堂は、一部の貴族に疎まれていると噂があったからな。獣人の民ですら、表立って関わり合いになるのを避けていた」


 聖堂などをはじめ、孤児たちの居場所はわずかに確保されている。しかし圧倒的に数が足りていないばかりか、権力者の思惑ひとつでこの有様だ。日本では当然のセーフティーネットなんて望むべくもなく、制度はカケラほども確立されていない。


 自助というか、自力で生き抜くのが大前提。無理なら、そこらで野垂れ死ぬだけ。あるいは、悪事に手を染めてでも生き延びるか……だとしても、辿る結末にそう大きな違いがあるとは思えない。


 これはもう個人がどうのではなく、社会規模で対処すべき問題だ。

 誰が指揮を取るべきかも明確で、この街を治める貴族様の仕事である……これ、ゴルドさん経由で嘆願書でも送ろうかな。


 と、思考に一区切りついたところで。

 俺は断りを入れてから、再びエマたちの元へ歩み寄る。そして両手を広げ、ぎゅうっと三人まとめて抱きしめた。


「わあっ! サクタローさんがきた!」


「サクタロー! みて、じょうずにぬれた!」


「ん、だっこ!」


 何があったのかわかってないながらも、無邪気に喜ぶ三人の笑顔を見て心底安堵した――間に合って本当に良かった。この子たちが孤児として迫害されたり、もっと酷い目に遭う可能性が少しでもあったかと思うと、途端に胸が痛いほど締め付けられる。


 それに、つい感情的になってしまったが、この聖堂を潰したのはこの街の名も知らぬ貴族なのだ。サリアさんやフィーナさんに怒りを向けるなど、八つ当たりも甚だしい。反省しなければ。


 その一方で、俺に何か出来ることがあるのでは……そんな思いが頭をよぎる。

 この街には、まだまだたくさんの孤児がいる。流石に我が家で保護するのは難しいけど、違った方法で手を差し伸べられないものだろうか。

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