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第56話 女神ミレイシュのお導き

「おはようございます。それと、はじめまして。私は、伊海朔太郎――どうぞお気軽に、サクタローとお呼びください。では、お客様。さしつかえなければ、お名前と来訪の目的をお聞かせいただけますか?」


 足にひっつく獣耳幼女たちの頭を順に撫でながら、俺は少しだけ棘を含めた口調で問いかける。相手はもちろん、招かれざる客……もとい、虹色ゲートにへばりつく謎の女性だ。


 ちょっと不機嫌なのは我慢してくれ。こちらは早朝でまだ目が覚めきってないうえに、朝ごはんを中断しているのだから。服装だって部屋着のままだ。


 謎の女性の妙な体勢を見て、リリだけはケラケラと笑っている。

 しかし、エマとルルは俺と同様に不機嫌らしく、むっと頬を膨らませている……ついイタズラ心が湧いて指でその頬をつつけば、ぷすっと口から空気が抜けた。


 それが楽しかったのか、たちまち二人も楽しげにきゃっきゃと騒ぎ出す。早く居間に戻ってごはん食べようね。


「ふふ、楽しそうで羨ましいですね。ぜひ私もご一緒させてください。ですが、その前に今一度、きちんと名乗らせていただきますね」


 へばりついていた虹色ゲートから離れ、ニコリと微笑みながら姿勢を正す謎の女性。

 おっと、存在を忘れかけていた……気を取り直して容姿を確認する。


 やはり浮世離れした美貌だ。年の頃は、おそらく二十代前半。それになんと言っても、あの笹の葉のように細長い形の両耳が気になる……もしかしたら『エルフ』なのでは?


 彼女の種族を言い表すのに相応しい単語を、俺は他に思いつかない。


「それでは、ご挨拶申し上げます。私は、セレフィーナ・ルミルテ・フィルメリス・ドゥ・レーデリメニア――レーデリメニアの第三王女にして、女神ミレイシュの巫女を拝命しております。どうぞお気軽に、『フィーナ』とお呼びくださいませ。以後お見知りおきを」


 そんな自己紹介に合わせ、着用するローブの裾をそっと持ち上げながら片足を引き、ふわりとカーテシーを添える謎の女性……改め、フィーナさん。

 

 あまりに所作が優雅なものだから、獣耳幼女たちの口から『ふわぁぁああ~!』と感嘆の声が上がる。


 俺もつい見惚れてしまった。クラシック音楽が今にも流れ出すんじゃないかと思うほど上品なご挨拶で、まるで映画のワンシーンでも見ているような心地にさせられた。


 というか、いま彼女は第三王女だとか口にしたような……もしや異国のお姫様? 

 それにしては気さくな印象だ。おまけに女神ミレイシュの巫女って、ちょっと属性過多じゃない? 


「安心してくれ、サクタロー殿。フィーナがレーデリメニアの王女であることは確かだ。私が保証する。何年か前にラクスジットを訪れた際、親しくなったのだ。『女神教の特使がラクスジットを訪れている』とは聞いていたが、まさかフィーナがその中に紛れ込んでいるとは思わなかったがな」


 スウェット姿のサリアさんが、「本人で間違いない」と断言までしてくれた。だが、彼女がラクスジットに滞在していることは知らなかったらしい。これに関しては、本人の口から「理由あってお忍びでの再訪です」と補足があった。


 この瞬間、フィーナさんが王女であることが確定した……まさか自分の人生で、本物のプリンセスと直接会話をする日がくるなんて想像すらしなかった。ビックリすぎて逆に冷静になってくるほどだ。


 足にひっつく獣耳幼女たちも『すごいすごい!』と大はしゃぎ。もしかしたら、大好きなフェアリープリンセスと重ねているのかも。でもね、俺にとっては三人も大切なお姫様なんだよ。


 とにかく、相手の身元がハッキリしてちょっと安心かな。王族ともなれば、軽率な行動はとらないはずだ。俺たちのような一般人に危害を加えたとなれば、彼女の国の名誉に関わる。


 何より、サリアさんのお友だちだしね。きっと悪い人ではないのだろう。


「サリア。口添えしていただいて、ありがとうございます。ええ、懐かしいです。あのときは、迷宮を案内してくれたのですよね……そこまではよかったのですが、私たち使節団の全員分を上回るほどの食事を毎日お召し上がりになり、滞在費をかなり圧迫してくださいましたね」

 

 虹色ゲートの向こうでお礼を口にしつつも、どこか遠い目をするフィーナさん。

 続けて「これは数年前の話です」なんて語り口で、気になる経緯を手短に明かしてくれた……かと思ったのだが、聞いてみればただの大食いエピソードだった。


 当時、サリアさんは『最優の探索者』として名を馳せていた。そこで、ラクスジットの迷宮を視察に訪れたフィーナさんたち使節団の案内役に大抜擢。もちろん仕事はちゃんと果たしたらしい。


 だが、親切心で食事をご馳走すると言ったのがマズかった……使節団のメンバー十数名が注文した分よりも多い料理と酒を、サリアさんはたった一人でぺろりと平らげたのだ。


 しかもそれ以降、食事どきになるとふらっと現れては延々とたかられる羽目に。それが、ラクスジットを離れる日まで続いたそうだ。おかげで親しくはなれたものの、滞在費が膨れ上がったのだとか。


「ラクスジットの貴族街が肌にあわず、商業街を拠点にしていたので接触もしやすかったのでしょうね。今となっては、とても素敵な思い出です」


 フィーナさんが軽くフォローを入れてくれたけど、異国の姫君を相手によくやるよなあ……これもう、サリアさんって新手の怪異か何かだろ。


「あの頃は私も現役で、十人前は軽く食べていたな。まあ、今でも本気を出せばそれくらい余裕だがな!」 


 当のサリアさんはふんすと鼻息を漏らし、グレーアッシュのもふもふ尻尾を誇らしげに揺らしている。その姿を見た俺は、誰が一番給食をおかわりできるか競った小学生時代をふと思い出す。


 それと獣人的には、たくさん食べられるのも憧れの対象になるみたい。だって、エマたちが獣耳をピコピコ動かしながら、キラキラお目々で『すごーい!』って見つめているもの。


 もし三人が将来、サリアさんばりの大食漢になったら……きっと我が家は破産一直線だろうなあ。予兆がなきにしもあらずなので、今からもっと稼いでおかないとね。


 さて、自己紹介に一区切りついたところで。

 フィーナさんへ視線を向け直し、俺はもっとも重要な話題を切り出す。


「ところで、フィーナさん。こちらへいらした理由をうかがっても? 何か用事でもあったのでしょうか?」


 廃聖堂に立ち寄るくらいなら理解はできる。土地の使用権はすでに俺が握っているものの、建物をバリケードで封鎖しているわけでもない。


 だが、この地下通路まで入り込んでくるのは不自然だ。廃聖堂サイドの穴は、ラクスジットでもよく見かける木板をベースに石材でしっかり隠匿してあった。ゴルドさんのアイデアだ。


 要するに、俺たちの存在を知ったうえで接触してきたということになる。

 となれば、気になるのはその目的。虹色ゲートが大好きでへばりつくためにやってきた変なプリンセス、なんてしょーもないオチではあるまい。

 

「我が国の一大事、海神の涙の捜索、サリアの奴隷契約、荒廃した聖堂、濃厚な神性を漂わせる神の抜け道……来訪の理由はいくつもございます。それでもすべてをひとつにまとめるとしたら、そうですね――女神ミレイシュのお導き、と申し上げるのが適切でしょうか」


 気になるワードの目白押し。特に俺としては、ミレイシュ様の名前を出されると弱い。なにしろ、うちの獣耳幼女たちを救ってくれた大恩がある。

 それにしても、『お導き』ね……具体的にどのような内容なのだろうか?


「サクタロー殿。このフィーナは、女神ミレイシュの声を時おり聞くらしい。巫女としての権能によるものだそうだ。私もこれまで信じていなかったが……ここまで辿り着いた以上、まったくの嘘ということもあるまい」


「えっ、サリアは信じてくれていなかったのですか!?」


 どうやらサリアさんは、女神ミレイシュの巫女が備える権能を疑っていたらしい。罰当たりにも程がある。


 でも、気持ちはわかる。いくら異世界には神が本当に存在するといっても、声が聞こえない者には実感が湧きづらいもんな。そもそも姿が見えないし。

 ただフィーナさんは、酷く驚いた顔をしているけど。


「こちらこそ信じられません……ちゃんと説明しましたよね? 巫女はエルフの王族に受け継がれる役目で、私はこれまで何度も神託を授かってきたと」


「ふうむ……なんか聞いた覚えがある、ような気もする」


 サリアさんって、興味ないことに関してはかなり適当だよね。きっと本能のみで生きているに違いない。


 それに、やっぱりフィーナさんはエルフだったみたい。となれば、ドワーフなんかも存在するのだろうか。ますますファンタジー色が濃くなってきた……せっかくの異世界だ、むしろそうこなくっちゃ。


 とはいえ、今はまだ朝ごはんの途中。

 獣耳幼女たちも退屈そうにしているから、ひとまずお引き取り願うとしよう。


 フィーナさんのお話は後ほどゆっくり聞かせてもらう。何やら事情がありそうだし、ミレイシュ様のお導きなら無下にもできない。


 差し入れの準備もしないと。廃聖堂のフロアで、お連れの方々が待機しているらしい。サリアさんのお友だちだからね、特別待遇だよ。

 俺たちはすぐの再会を約束して、いったん地下通路を辞するのだった。

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