第53話 日本での初めてのお買い物②
流行曲のインストBGMを聞きながら、出入り口付近のショッピングカート置き場から一台引き抜く。
子どもを乗せられるタイプもあったが、あえて普通のカートをチョイス。三人とも乗りたがって大騒ぎするだろうからね。次回のお楽しみに取っておこう。
「サクタロー、なにそれっ!?」
「買い物中に使う荷車みたいなものだよ」
リリの質問に答えながら、カートの下段スペースにカゴを乗せる。たくさん買い込む予定だから、これでも足りるかどうか。
みんな揃って興味を示す中、エマが張り切ってお手伝いに立候補してくれたので、一緒にカートを押して歩く。
「なんだ、ここは……!?」
「すごいっ!? たくさんなんかある……!」
店内の正面通路に差し掛かると、さっそくサリアさんとエマが目を丸くする。奥までずらっと並ぶ陳列棚に圧倒されたらしい。小脇に抱えられたままのリリとルルも、ぽかんと口を開けて固まっていた。
しかし四人は、すぐにいつもの活発さを取り戻す。
あれはなに、これはなに、それはなに――矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えながら、俺たちは店内をゆっくり見て回る。
まずは青果コーナー。
エマが「これおちてた!」と陳列してあったサツマイモを持ってきたり、解放されたリリとルルがトマトを「りんご!」と言い張って譲らなかったり、サリアさんがたまたま試食をやっていた干し柿を気に入って大量にカートへ突っ込んだり、てんやわんや。
続いては、鮮魚コーナー。
魚の目が怖いと怯えるエマとルル。逆に好奇心いっぱいにサンマを鷲掴みするリリ。サリアさんはイカやタコを『魔物』の一種だと本気で勘違いしていた。
次の精肉コーナーでは、大量に並ぶ肉を眺めつつみんな大興奮。
どれが美味しそうか真剣に議論していたかと思えば、四人揃ってハムの試食に舌鼓をうち、おかわりまでして満足そうだった。
冷凍食品コーナーでは、危うくルルがショーケースに潜り込む寸前だった。またもサリアさんが捕獲してくれて事なきを得たが。
もちろん、みんなが手を付けた商品は全部カートに積んである。試食した干し柿とハムも四パックほどいただいた。他の買い物客への迷惑も最小限に抑えた……だから、騒がしくてもどうか大目に見てください。
以降も、俺はいろいろと説明しながら適当に食材をカートへ放り込んでいく。そうだ、お酒やおつまみを忘れないようにしないと。
ほどなく、必要そうな物が一通り揃う。
では、そろそろ向かいますか……俺たちは、満を持してお菓子コーナーへ足を踏み入れた。
「さあ、みんな。好きなお菓子を一つ選んでいいよ」
『おかし?』
色とりどりのパッケージが並ぶ陳列棚を手のひらで示し、好きなお菓子を選ぶよう提案した。みんなで食べる用は別で買うから、とりあえずは各自一つずつね。
ところが、獣耳幼女たちは揃って体ごと首を傾ける。
どうやら、ここに並ぶ品の正体にピンときていない様子。
「甘くて、パンケーキみたいに美味しい食べ物だよ。気になるものがあったら聞いてね。中身が何か教えてあげるから」
俺の説明で甘いものと理解したらしく、獣耳幼女たちは『わあっ!』と歓喜の声を上げた。
三人は……もとい四人は、真剣にお菓子の品定めを始める。ややあって、エマがあるパッケージを指差しながら「フェアリープリンセスだ!」と目を輝かせていた。
と、そこで。
見知らぬ日本人の幼女が、ふらっと俺たちの側へやってくる。背丈はエマより少し大きいけど、年齢は同じくらいかな。黒髪にパッチリした瞳が印象的な子だ。
「わ、きれいなかみ……フェアリープリンセスすきなの?」
「うん……すき」
「じゃあ、このプリンセスしってる?」
いきなり見知らぬ幼女に声をかけられ、エマは困惑気味。それでも大好きなアニメの話題が飛び出せば、たちまち笑顔になって返事をする。
しかも相手はずいぶんとキャラクターに詳しいようで、興味を引かれたリリとルルも輪に加わっていた。サリアさんもごく自然に混ざっている。
「エマちゃん、これはつよいプリンセスなんだよ!」
「すごい! サナちゃんはたくさんしってるんだね!」
「うん! こっちはね、リリちゃんとにてるの! ルルちゃんはこれすき? サリアちゃんは……オトナなのにフェアリープリンセスすきなの?」
「当然だ。プリンセスたちは最高の魔法使いだからな」
少し離れた場所にお母さんらしき女性が立っていたので、軽く挨拶を交わす。
子どもたちの方も笑顔で自己紹介を済ませ、すっかり仲良しに。五人はあれこれ話しながら、楽しそうにお菓子を見て回っていた。
「サナ、そろそろ帰るわよ」
しばらくして、相手のお母さんが帰宅を促す。それを合図に、子どもたちは酷く悲しそうな表情を浮かべた。
まだお別れしたくない、声に出さなくてもそんな思いが痛いほど伝わってくる。すると気持ちを汲んでくれたのか、相手のお母さんから連絡先の交換を求められた。
もちろん、俺も快く応じる。折を見て遊ぶ機会を作ってあげるからね。
「エマちゃんたち、またね!」
「うん! またね、サナちゃん!」
子どもたち(サリアさん含む)は笑顔で再会を約束し、大きく手を振ってお別れした。
こうして、不意に訪れた心温まる交流は終了する……では、こちらも買うお菓子を決めて帰りますか。
「それで、どのお菓子にするか決まったかな?」
俺が気を取り直すように尋ねると、獣耳幼女たちは顔を寄せ合って「あれは?」や「それは?」や「ん?」と相談開始。主語ナシでわかりあえているのがスゴイ……サリアさんは首をかしげているから、理解できてないみたい。
「じゃあ、あれにしよ! サクタローさん、こっち!」
話がまとまったのかな、と思ったその瞬間。
エマを先頭に、三人は突然違うコーナーへ向かって弾むように歩き出す。
カートを押してついて行ってみれば……少し迷ったりしながらも、すでに見て回ったはずの『精肉コーナー』へたどり着く。
「あれにする!」
「え、あれって……もしかして、あのお肉?」
エマたちは揃ってある商品を指差す。その先にあったのは――穀物飼育牛ももブロック、一キログラム。もはや肉塊と言っていいサイズ。
これだったら、ビーフシチューが良さそうかな。ステーキにしてもいいな……いや、そもそもお菓子はいいの?
「みんなでたべるの……だめ?」
「サクタローも、オニクすきでしょ?」
「ん、てりてりがいい!」
疑問を口にした俺に向け、エマ、リリ、ルル、が順に言う。
みんなで一緒に食べられるのなら、この牛ももブロックだけで構わないそうだ。お菓子は小さくて、わけられないと思ったらしい。
うちの子たちは間違いなく天使だ……ぐっと込み上げてくる感情を抑えきれず、俺は人目もはばからず三人をまとめて抱きしめた。懐で『キャー!』と楽しげな声が響く。
無粋な話をすればお菓子の方が値段はだいぶ安いけど、この温かな気持ちはプライスレス。
ちなみに、ルルの言う『てりてり』はテリヤキのことだ。甘い味付けのお肉大好きだもんね。
「よおし、この肉を買っちゃおう! でも、お菓子は別で選んでいいからね。もちろんサリアさんもだよ」
これでお買い物終了、なんてセコいことを言うはずがない。
俺たちはお菓子コーナーへ戻り、改めてどれにするか品定めする。
とはいえ、さほど時間はかからない。先ほど仲良くなったサナちゃんにオススメされたそうで、四人ともフェアリープリンセスのシールが入った商品をチョイスしていた。
お菓子自体は、チョコのウエハースみたい。
でも、サイズが小さいな……これ一つだと寂しいし、各自三つずつにしようか。なにも甘やかしているわけじゃない。これは、さっきの温かな気持ちのお返しだ。
当然、俺の提案は歓喜をもって受け入れられた。
そのあとは、レジでお会計。
カードで二万円ちょいの支払いを済ませ、全員で協力して袋詰めを行う。買い物袋をたくさん持ってきたおかげで、ギリギリ収まった。車までは、サリアさんと協力して荷物を運ぶ。
「さあ、帰ろうか。家についたらお菓子を食べようね」
『はーいっ!』
元気な返事を聞いてから車へ乗り込み、家路につく。
街道をしばらく進むと、後ろから『すうすう』と寝息が聞こえてくる。バックミラーで確認してみれば、みんな目を閉じてぐっすり眠っていた。
きっと、はしゃぎすぎて疲れたのだろう。それだけ楽しめたということだし、日本での初めてのお買い物は大成功だね。
俺は満足感を噛み締めつつ、のんびりと車を走らせる――暮れゆく秋の午後の陽光が窓から差し込み、車内は心地よい空気で満ちていた。
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