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我が家と異世界がつながり、獣耳幼女たちのお世話をすることになった件 【書籍化決定!】  作者: 木ノ花 
第二章

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第49話 こたつとみかん

 俺には必要ない――そんな風に思っていた。

 たった独りで暮らす我が家。次の仕事を探す気になるまで、ただ穏やかに凪のような生活を送るつもりだった。


 晴耕雨読ではないが、しばらく世間の喧騒から離れて過ごしたかった。酷く心がくたびれていたから。


 寝て、起きて、ゴハンを食べて、のんびり外の景色を眺めて、また眠る。たまには本を読んだっていい。健康に気を使って、時どき運動するのも忘れない。そういう静かな日々を思い描いていたから、部屋の居心地になんてまるで無関心だった。


 けれど、今は違う。我が家のリビングには、ローテーブルを囲んでニコニコとクレヨンでお絵描きを楽しむ獣耳幼女たちがいる。テレビ画面にかじりつき、『暴れん坊の将軍』の活躍を応援するサリアさんもいる。 


 頭の獣耳がピコピコ動き、尻尾がゆらゆら揺れる。

 非日常的ながらものどかで、心温まる光景だ。

 それゆえ、俺は決心した――こたつを買おう、と。


 近ごろはめっきり寒くなってきたし、きっとみんな喜んでくれるはず。居心地の良さもぐっと上がるぞ。みかんも箱で注文しちゃったしね。


 もし我が家に俺だけだったら、間違いなく必要としなかった家具だ。一人暮らしって、何かとおざなりにしがちだよね。


「そんなわけで、先日届いたこたつを出します!」


『そんなわけ~?』


 俺が立ち上がって唐突に宣言すると、獣耳幼女たちが揃って疑問を口にしつつ首を傾げた。クレヨンを片手に持ったまま、体ごと斜めになっている。可愛くて大変よろしい。


 サリアさんは……特に興味がないようで、依然としてテレビに夢中。ここ最近は『日本刀が欲しい』と頻繁にダダを捏ねているのだが、また騒ぎ出しそうな予感がする。早いところ興味を他に移さねば。


 それはさておき、部屋の模様替えに取り掛かろう。

 先ほど朝食も食べ終わったし、こたつ布団も一昨日に洗濯してもう乾いているからね。昔に買った布団乾燥機が大活躍してくれた。


 ちょうど良い機会だから、眠る場所を他に移す予定でもある。生活空間と寝室を区切れば、毎回こたつを片付ける必要もなくなるし。


 もちろん、新たな寝室もすでに決定済み。

 足元に集まってきたエマたちの頭を撫でながら、俺はテレビと正反対の方向へ視線を向ける。


 我が家のリビングの一角には、実は『開かずの襖』が備え付けられており……その奥には、結構な広さの和室が存在していた。今晩からは、そちらに布団を敷く。


 しかし現状、室内は物置状態。家庭用ルームランナーやエアロバイク、ダンベルなどが放置されている。いつでも運動できるようにと買ったものの、結局は使わずじまいの健康グッズだ。


 ちなみに、襖はつっかえ棒で開かないようにしてある。

 ちょっと目を離した隙に、リリが一人で家の中を探検していたことがあった。


 それ以降は安全を考慮し、空気の入れ替え時を除いて封印していた。ゆえに、開かずの襖というわけだ。


 不要な荷物は、二階の空き部屋に全部しまい込む。

 いずれ訪れるであろうお別れに備えて現状を保ってきたが、これからはもう遠慮しない。


 この心境の変化もまた、先日のリリの一件が大きく影響している――ずっと獣耳幼女たちの庇護者でいると、俺は改めて決意したのだ。最悪は異世界に骨を埋める覚悟である。


「じゃあ、サリアさん。重いものはお願いね」


「うむ、任せろ。全部まとめて運んでみせよう!」


 つっかえ棒を外して襖を開け、和室の中をチェックしながら俺は指示を出す。

 即座に応じたサリアさんは、グレーアッシュの尻尾をゆらゆら揺らしてやる気満々。


 これ、働きぶりをアピールして刀をねだる算段だな。付き合いはまだ短いが、だいぶ思考を読めるようになってきた。


 資金には余裕が生じたから、値段によっては買ってあげてもいいんだけど……この人、実用性も求めているからな。多分、手が届かないだろう。


 それに、お手伝いのご褒美に抱っこなどを求めてくる獣耳幼女たちの純真さと比べたら、なんとも微妙な気持ちになる。


 ともあれ、全員で部屋の模様替えに励むこと約三十分。

 リビングの中央には、長方形のこたつが鎮座していた。大判サイズで、ふっくらとした掛け布団とカーペットもセット。いいお値段がしただけあり、かなり立派だ。


「ねぇねぇ、サクタロー。これ、あたらしいおふとん? もうねるの?」


「ん、おひるね!」


「わあっ、みんなといっしょでうれしい! ゴハンもここで食べるのかな?」


 リリとルルは、こたつを寝具と勘違いしているようだった。エマは、単純にみんな一緒にいられると喜んでいる。


 三人とも、お手伝いを頑張ってくれた。俺とサリアさんの後をちょこちょこ付いて来て、細かい荷物を運んでくれたのだ。なので、一番にこたつを堪能する権利をプレゼントしよう。


「ほら、中を見てごらん。スイッチを入れると、ここが温かくなって……」


 掛け布団をめくり、軽く使い方を説明する。

 そこで、ささっと。俺の脇をすり抜け、小さな影がこたつに潜り込む。犯人は、黒い尻尾を揺らすルルだ。興味深げに中の様子をうかがっている。


「リリもはいりたい!」


「あ、わたしもっ!」


 もしかしたら、ルルの身に眠る猫の本能が……と思ったけど、すぐにリリとエマも中に潜り込んではしゃぎだしたので、幼児の本能がそそられたみたい。


 ついでにサリアさんも頭を突っ込んでいたので、我が家の幼児は四人という計算になる。


 俺はしばらくの間、こたつをめぐる大騒ぎを見守った。

 掛け布団を巻き込んで転がろうとするリリを止めたり、天板を持ち上げてご満悦なルルを注意したり、頭をぶつけて泣き出したエマを慰めたり、目が離せなかった。


「あ、そうだ。みかんを忘れてた。いったん出てきて、自分の席について。サリアさんもね。美味しい果物があるんだ」


「ほう、それは楽しみだ。ほら、三人とも出てこい!」


 ある程度騒ぎが落ち着いたところで、俺はリビングの隅にあるダンボール箱からみかんを取り出し、木製の果物籠に盛っていく。その間にサリアさんが、転げ回る獣耳幼女たちを捕まえて席につかせてくれた。


 再びこたつへ戻ると、各自おりこうに座って準備万端。

 うちの子たちは、食べ物が絡むと途端に聞き分けが良くなるのだ。


「じゃあ、食べ方を説明するね。こうして皮を剥いて――」


 俺が食べ方を実践してみせれば、揃って真剣に話を聞いてくれた。続いて、それぞれにみかんを配って実際に食べてみる。


 直後、エマが「あまいっ!」と笑顔を見せてくれた。ほぼ同時にリリが、「しゅっぱい!」としかめっ面を浮かべる。ハズレを引いちゃったみたい。可哀想なので、俺の甘いみかんと取り替えた。


 さらに、なぜか顔の真ん前で皮を剥いていたルルが、止める間もなく「きゃんっ!?」と悲鳴をあげる……ああ、汁が目に入っちゃったんだね。


「痛かったね、大丈夫かな? ほら、おいでルル」


「ふぎゃぁぁああああ……」


 こちらへくるよう呼ぶと、ルルは泣き声を上げながらこたつに潜っていく。

 そのままもぞもぞと中を移動し、俺の懐に顔を出して膝の上にすっぽり収まった。胸元にすがりつき、目をつぶって泣いているのに口は開けたままだ。


 これ、みかんが運ばれてくるのを待っているな。なんて可愛い生き物なのだろう。

 仕方ない、食べさせてあげるか。本当は甘やかすのは良くないんだけど……でもまあ、今日くらいはいいよね、の精神である。


 親鳥がヒナに餌を与えるがごとく、果肉を一切れずつ小さなルルの口に運ぶ。苦いのは嫌いだろうから、ものすごく丁寧に白い筋を取り除いた。


「あま~」


「美味しい? よかったね」


 ルルはもぐもぐ口を動かし、パッと明るい表情を浮かべる。

 よかった、すっかりご機嫌だ。あまり痛むようなら水で目を洗い流そうと思っていたけど、この分なら大丈夫かな。


 当然ながら、エマとリリが黙っているわけがない。すぐに『ずるいっ!』と抗議の声が飛んできて、やはりこたつの中に潜ってこちらへやってくる。


 結局、狭いスペースで体を寄せ合い、俺は順番に三人の口へ果肉を運んでいく係を務めた。


 そういえば、サリアさんがやけに静かだな……と気になって視線を横に向ければ、五つ目のみかんを口に放り込むところだった。そんなにたくさん食べると、手が黄色くなっちゃうよ。


 さて、そろそろお昼ゴハンの準備をしようか。今日はお手軽にチャーハンを作る。午後にちょっと出かける予定があるからね――何を隠そう、ひと休みしてからみんなをドライブに連れて行くつもりなのだ。


 色々な場所を案内する前に、まずは日本の光景に慣れてもらいたい。

 こたつだけでもこの騒ぎである。ドライブ中もきっと大興奮だろうね。


 それでも、様子をみてスーパーマーケットくらいなら寄ってもいいかな。どんなリアクションを見せてくれるか、今からもう楽しみだ。


 きゃっきゃと明るい声を上げる獣耳幼女たちの頭を撫でながら、俺はルートをあれこれ思案するのだった。

おもしろい、続きが気になる、と少しでも思っていただけた方は『★評価・ブックマーク・レビュー・感想』などを是非お願いします。作者が泣いて喜びます。


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― 新着の感想 ―
>家庭用ルームランナーやクロスバイク、ダンベル 前後の文脈的にクロスバイクではなく、エアロバイクでは?
俺はこの家のコタツになりたい人生だった・・・
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