第44話 魔法の才能と学舎
では、さっそくトライしてみよう。
おっと、その前にお膝の上を交代だ。今度はエマが横にズレ、リリが懐へやってきた。
「サクタロー、これなぁに?」
「これはね、手のひらに置くといいんだって」
膝の上で小首を傾げるリリに、俺は魔光石の使い方をざっくり説明する。
事前に聞いた話によると、ただ手のひらに乗せれば計測できるお手軽仕様だ。保有する魔力量がもし一定値を超えていれば、その名の通り石が反応して光る。
これもやはり迷宮の産物で、何回か使うと壊れるうえにそこそこ値が張る。詳しい機序についてはよく知らないが、この石が光る程度の魔力がなければ魔法は使えないという。
「サリアさん、試しに持ってもらっても?」
「構わん。よく見ておくのだぞ」
デモンストレーションをお願いすると、サリアさんは快く応じてくれる。
わさわさ尻尾を揺らし、どこか誇らしげだ。皆に注目されているのが嬉しいのかも。けっこう目立ちたがりだよね。
続けて彼女はテーブルの小石をひとつ摘み上げ、手のひらにのせ……数秒もかからず、魔光石が淡く白い輝きを放ちだす。
おお、まるでサイリウムみたいだ。
異世界だと、魔法関係って光りがちなのかな。ファンタジー感が溢れていて好きだけども。
「サクタロー殿も試してみるといい」
「オーケー、ちょっと待って。気合い入れるから」
もしここで、俺が石を光らせることができたら……みんなビックリするだろう。幼女たちを守る魔法使いとして大活躍する未来も悪くない、なんてちょっと意気込んでみる。
しかし、現実ってやつはいつだって世知辛い。
俺の手のひらに乗った魔光石は、うんともすんとも言わなかった。どれだけ念を送ってみても無反応。残念、魔法使いサクタロー爆誕ならず。
やっぱり自分って凡人なんだなあ……と少しがっかりしたけど、『我が家と異世界が繋がる』という不思議な体験をさせてもらっているだけでも十分か。今でさえ身の丈に余る奇跡の恩恵を受けている。
「サクタローは、マホウできない?」
「残念だけど、できないみたい。じゃあ、次はリリたちが試してみてね」
懐で顔を上げ、リリが気遣ってくれた。左右の椅子に座るエマとルルも、こちらへ温かな目を向けてくれている。優しさが沁みる一方、いたたまれなさを感じるよ。
さあ、今度は三人の番だ。
俺は気を取り直し、それぞれの小さな手のひらに魔光石を乗せていく。すると、たちまち変化が起きる。
「おお、これは驚いた……よもや童女らの中から魔法の才を宿す者が現れるとは」
もはや顔芸の域で目を見開くゴルドさん。今だけはその強面もコミカルだ。
次いでこの場にあるすべての視線が、リリの小さな手のひらに釘付けとなった――ちょこんと乗った魔光石が、淡い輝きを放っていたのである。
「つまり、これって……リリには才能があるってこと?」
「うむ、獣人としては珍しくな。魔法が得意な一族の出身なのかもしれん」
獣人は身体能力が高い傾向にあるものの、種族的に魔法が不得手。ただし時々、その資質に恵まれた者が現れる。
いま質問に答えてくれたサリアさんは、まさに例外で……というか、完全に規格外。
そもそも魔法の才を宿す者はかなり少ないそうなので、喜びと驚きが入り混じる結果となった。
エマも光る石を見て、「すごい、すごいっ!」と大はしゃぎ。何が起きたのかよくわかっていなさそうなルルも、明るい空気につられてニッコニコだ。
俺は思わず笑顔をこぼし、魔光石をテーブルへ戻しつつ幼女たちの頭を順に撫で回していく。
結果にとらわれず、こうして挑戦した時点で褒められるべきだ。まして自分は二の次で、リリに才能があったことを純粋に喜んでいる。もうこれ、間違いなく天使だろ。
「リリ、マホウできるようになる? サリアみたいに?」
「流石にサリアほどは難しいかもしれんが、『魔法学舎』に所属すれば使えるようになるであろう。希望するのなら、一切の手配は私に任せておくがいい」
どこか探るようなリリの質問に、ゴルドさんが笑顔で答える。
続けて、発動までのプロセスがざっと明かされたのだが……あまりに難易度が高く、俺は呆気にとられてしまう。
魔法を使うには、まず体内の魔力を知覚する必要がある。とても繊細な作業で、血液の流れを把握するようなものだ。加えて、他にも操作やら振動の同調やらの複雑なプロセスを経て、ようやく発動する。
常人離れした力だけあり、当然ながら修得は容易じゃない。才を持つ者は『魔法学舎』に籍を置き、扱いを修めるのが通例だそうだ。
サリアさんは天才なので勝手に修得したが、指導員のもとで『二~三年ほど』みっちり学ぶのが一般的。それでも、全員が魔法使いとして大成するわけではないという。
ただ、学舎を卒業できれば将来は安泰。
このラクスジットであれば、種族にかかわらず要職につける。獣人の国に居を移しても引く手あまたで、食べるのに困ることはない。
日本でいえば、お医者さんとか弁護士さんのようなものだろう。『社会的地位の高い専門職』に近い印象を受けた。
であれば、間違いなく魔法を修得した方がリリのためになる……けれど、その魔法学舎が問題だ。貴族街の端に位置するため、平民であれば例外なく全寮制。
もちろん、安息日や休暇が与えられた場合には帰省が許されている。しかし何かと忙しく、『大抵の平民は寮に留まる』と補足説明が添えられたのである。
つまり、学舎に所属するとしばらく会えなくなるのだ――すなわち、リリの巣立ちの時を意味している。
「じゃあ、リリはガクシャいく!」
「えっ!? ちょっと待って、リリ……魔法学舎がどんな所かちゃんとわかってる?」
喜ばしい気分から急転直下。
獣人は魔法が不得手という前提があったから、学舎について確認もしなかった……自分の詰めの甘さのせいで、酷く性急に感じてしまう。
「だって、ずっとセイドウにいちゃダメでしょ? おおきい子たち、みんないなくなっちゃったもん」
俺は胸のざわつきを抑えつつ、リリの主張をじっくり聞く。すると、元々生活していた孤児院での経験に基づく答えだと理解できた。
ラクスジットの孤児たちは、ある程度の年齢に達すると街に出て自立するようになる。しかもかなり早い段階で。それを『いなくなった』と表現しているのだ。
これは日本の児童養護施設も同じで、原則十八歳になると独り立ちを余儀なくされるのだったか……だが、リリの場合は流石に幼すぎる。この子は、まだ五歳だと聞いている。
「サリアさん、年齢的なものってどうなの……?」
「サクタロー殿の質問だから、嘘偽りなく答えるが……魔法を習得するのであれば、できるだけ早い方がいい」
サリアさんが言うには、子どものうちから訓練を始めた方が有利らしい。
魔法は感性に左右されるところが大きく、年を経て常識を身に着けていくほど修得が困難になっていく。それゆえ、リリの選択も的外れではない。
だとしても、俺は絶対に反対だ――という言葉は形を成さず、灰色のモヤに変わって心を重く曇らせる。
不意に、脳裏に浮かんでしまったのだ。
自分が保護者でいられる時間はきっと限られている、と。
この子たちと出会った、あの奇跡みたいな日が過ぎゆく夜。
俺は『異世界人と日本人という埋めがたい隔たりがある以上、いつかお別れの時がやってくる』なんて予感を抱いていた。
だからこそ、最低でも明日を楽しみに眠りにつけるような生活基盤を整えてあげたい、そう決意した。
何より、あの虹色ゲート(神の抜け道)がいつ消えるかもわからない。
独り立ちできる年齢までお世話をできるかも不明なのに、ここで引き止めていいのか……?
今の生活があまりに楽しくて、気づけば『このままいつまでも』と思うようになっていた。けれど……避けがたい現実を突きつけられ、息が止まるような錯覚にすら陥る。
まだ一緒にいたいなんて、自分勝手な俺の都合だ。真剣にリリの将来を考えるならば、魔法学舎へ進むのが正解なのは明白。そもそも、異世界ではこれが『常識』なのだ。ゴルドさんだって、良かれと思って提案してくれている。
「サリアさんが教えたりはできないのかな……?」
「すまない、サクタロー殿……自分がどうして魔法が使えるかも、私はよく理解できていないのだ」
一縷の望みを口にしてみたが、感覚派のサリアさんにも断られてしまう。さらに指導員は許可制となっており、学舎で教えるよう定められていると教えられた。この街のルールらしい。
こうなれば、もはや答えは出たようなもの……なのに、どうしても頷けなかった。
ひとまず、この問題は持ち帰らせてもらおう。
ゴルドさんにはいったん保留をお願いし、俺は無理に笑顔を作って雑談を続ける。しばらくしてからお礼を告げてお見送りし、我が家へと引き上げた。
そして、同じ日の夕方。
幼女たちがお昼寝から目覚めてから、さっそくリビングで話し合った。
「リリが大きくなっても、あそびきていいんでしょ?」
「もちろん。ずっとお別れなんてありえないよ」
リリはひときわ聡明で、孤児院はいつか卒業するものだとハッキリ認識している。自分の境遇や、その気になれば魔法学舎から戻って来られることも。
エマはとても悲しそうな顔をしている。ルルは、ぽやっとした顔でりんごジュースを飲んでいる。よく理解できていない様子だ。年齢的にまだ難しいよね……この子たちもいずれ独り立ちする日がやってくると思うと、胸がぎゅっと締め付けられる。
この日から、我が家では度々話し合いの時間が設けられるようになる。
俺は真剣に、幼女たちやサリアさんの意見に耳を傾け続けるのだった。
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