第43話 証書と魔光石
「ルル、お口どう?」
「おこえでるようになった?」
右からエマが窺うように覗き込み、左からリリが頬をつんつんイタズラする。
皆に構われて嬉しくなったのか、当のルルは笑顔でじゃれ始めた。感情をこらえきれなくなったようで、人の指や腕を甘噛したりと大興奮。
けれど、依然として無言……経過を見守る必要はあるが、この様子だと声が戻ってきたわけじゃなさそう。続けて三人に浄瘴薬を飲ませてみたが、やはり反応は同じ。どうやら、これ以上の改善は見込めないようだ。
ゴルドさん曰く、生命薬の類いは『気の病』には効果が薄いとのこと。もしくは、もっとグレードの高い薬を使ってみるか。ただ上級の生命薬はめったに出回らないらしい。
だとすると……残念ではあるが、ルルの症状に関してはまた別のアプローチを探すとしよう。
さて、ここでお膝の上に座る順番をチェンジ。
すっかりご機嫌になったルルに代わり、ジャンケンに勝ったエマがこちらへやってくる。
「サクタロー殿、擬態薬を試してみるか? ずっと気にしていただろう」
「そうだね、差し支えなければお願いしようかな」
ルルの背後に立つサリアさんが、擬態薬の試飲を申し出てくれた。
正直、かなり気になっていた。皆の獣耳や尻尾が目立たなくなるのであれば、日本でもあちこちにお出かけできる。連れていきたい場所がたくさんあるんだよね。
だから俺は、エマの頭を撫でながら返事をしたのだけど……うわっ、すごい!?
サリアさんが擬態薬を飲み干すと、グレーアッシュの被毛に包まれた獣耳と尻尾がぼんやり光り、にょにょにょと引っ込んでいった。
これもまた、まさしく『魔法の薬』といった効果だ。
想像以上の現象を目の当たりにし、俺はすっかり度肝を抜かれてしまった。
「久々に飲んだが……相変わらず違和感があるな」
「あ、やっぱり耳が変な感じだったり?」
「うむ。聞こえ方が多少変わる。まあ、すぐに慣れるがな」
サリアさんが言うには、聴覚がやや衰えるそうだ。もっとも、超人的な能力持ちの彼女にとっては些細な問題でしかないらしい。
うちの獣耳幼女たちが飲んでも大丈夫みたいだから、今後が楽しみで仕方ない。遊園地とかたくさん行こうね。フェアリープリンセスのキャラクターショーとかも上演されているみたいだしね。
と、ここで。
不意に『迷宮の産物って戦略物資に相当するのでは』という疑問が頭に浮かぶ。なので、ストレートに尋ねてみた。
「生命薬とかって、国外に流出したら問題じゃないですか?」
「無論、探索者ギルドが目を光らせておる。だが、制限するわけにはいかん。仮に迷宮の産物を我が国で独占したとなれば、たちまち混沌の女神カリュミアの怒りを買うであろう」
ゴルドさんたちは、俺が迷宮について詳しくないと知っている。ゲームやマンガならともかく、日本には実在しないからね。
それで、彼の答えを聞けば……なんとも異世界らしい事情が明かされた。
迷宮やその産物を独占したり、保持する国が都合よく利用すると、製造元の女神カリュミア様が激怒されるそうだ。
結果、大惨事が引き起こされる。
なんと、迷宮に棲息する魔物が溢れ出すという。
「女神カリュミアの勘気に触れて滅んだ国がいくつも歴史に記されておる」
身震いするような話だ。多少の制限くらいは見逃してくれるものの、やりすぎれば亡国の危機へ一直線。おまけに、迷宮に関する絶対的な権限を持つようで、地域による制限を受けない例外的な神権を備えている。
ちなみに、外へ出た魔物は時間が経てば元の場所へ帰っていくが、中にはそのまま居着く個体も存在するようだ。大抵は海や大秘境やらに棲家を構え、『幻の怪物』として恐れられているのだとか。
地球でいうところのクラーケンやジャイアントワームみたいな感じかな。
ちょっとロマンをそそられる……が、自ら危険に近づくつもりはない。
そもそも、迷宮ですらお断りなわけで。獣耳幼女たちのお世話をしながらのんびり過ごすのが、俺は性に合っている。
「では、次の本題へ移ろう。この聖堂の権利についてだが……なんとか役人と話を付けられた。これが、その証書である」
ゴルドさんの指示を受け、ケネトさんがテーブルに紙を広げる……これは羊皮紙かな?
表面には廃聖堂の使用権に加え、『イカイ・サクタロー』と俺の名が記されている。自分でサインしたわけじゃないが、貴族の裏書きとシーリングスタンプがあるので問題ないそうだ。
賃料は税金を含め、一月で金貨五枚。
ゴルドさんが、すでに一年分をまとめて支払ってくれている。
現状、生命薬なども合わせて金貨四百枚くらいがツケだ……紅茶のティーバッグを大量に持ち込んで稼ぐかな。
ともあれ、正式にこの廃聖堂の使用権を得たのである――記念すべき瞬間だ。異世界サイドの拠点として、やっと自由に改造できる。防犯対策を念入りに強化しなくては。
代行の依頼がつつがなく果たされ、俺は軽く祝杯でも上げたい気分になった……だというのに、ゴルドさんの顔色は冴えない。
「あの、どうされたんです? この契約になにか問題でも?」
「うむ……この聖堂の惨状は、ラクスジットでも高位の貴族が関わっているようなのだ。ついては、契約をより確かとするためにもサクタロー殿の協力を仰ぎたい」
どうやら、有力な貴族が暗躍しているらしい。サリアさんの先日の予想もあながち間違いではなかった……小説や映画のストーリーを聞いているみたいで、まるで実感がわかない。
続けて彼は、「他の貴族を味方に引き入れ、難癖を付けられないよう根回しを行う」と考えを明かしてくれた。そのために、俺から仕入れた品々を武器として使いたいのだという。
加えて、この作戦を実行した場合、余剰利益を還元するタイミングが遅れてしまうことも気がかりみたい。
なるほど。確かに資金は重要である……が、考えるまでもない。優先順位は明確だ。
「それなら、自由にお使いください。こちらとしては安全確保が最優先なので」
「ご厚情痛み入る。このゴルド、必ずや本懐を果たしてみせようぞ」
こちらの安全に繋がる話とあれば、利益の還元は後回しでも全然構わない。けれど、ゴルドさんはかなり意気込んでいるな……危ないことはしてほしくないから、念のため「無茶はしないでくださいね」と伝えておいた。
「では、最後はこちらを。ご注文の『魔光石』でございます」
再びケネトさんが動き、テーブルの上にいくつかの小石のようなものが並べられる。
実は、今日の本題は三つあった。生命薬などの服用、廃聖堂の契約――そして、最後がこの魔光石。
これは、人間に宿る『魔法の素質』を明らかにする。とはいっても、厳密には魔力の内包量をざっくり計るだけのようだが。
サリアさんとの雑談でその存在を知り、昨日急きょ商業街のゴルドさんの商会まで追加注文に走ってもらったのだ。十分も経たずに戻ってきて驚いた。
もちろん、うちの幼女たちに試してもらう。獣人は種族の特性的に魔法に秀でているわけじゃないが、可能性はゼロじゃないと聞く。それなら、将来に備えて自分の才能を知っておいた方がいいだろう。
頬をプニプニすると、エマが楽しげな声を上げる。ついでにリリとルルの頭を撫でる。
ひょっとすると、三人の中から未来の魔法使いが輩出されるかもしれない。計測するのが楽しみだ。
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