第42話 紅茶のティーバッグと生命薬の服用
廃聖堂を掃除した当日と翌日は、ただのんびりと過ごした。
塗り絵をしたり、フェアリープリンセスのアニメを見たり、冬物の衣服(姪の夏実ちゃんのお下がり)を出してファッションショーで大盛りあがりしたり、一緒に料理を作ったり。
ホットケーキに簡単な絵を描いたときは、みんな飛び上がって耳が痛くなるほどの歓声を響かせてくれた。あと、なぜかサリアさんが『暴れん坊で有名な将軍の時代劇』にドハマリしたので、新たなサブスクに加入したりもした。
ネットで注文した品も続々と到着しており、次回の商談へ向けた準備も万端である。
昼は温かい部屋で獣耳幼女たちのお世話をし、秋の夜長にはサリアさんと酒を飲み交わしつつ異世界の話を聞かせてもらう。ゆったりとした、充実のひとときとなった。
そして、迎えた本日。
いつものように騒がしい朝食を済ませた矢先、サリアさんがグレーアッシュの狼っぽい獣耳を忙しなく動かし始めた。どうやら、先日の夜のように来訪者の声を捉えたようだ。
ついでに誰が来たのか確認を頼むと、地下通路にいるのはケネトさんとすぐに判明。加えて、数刻後にはゴルドさんが訪問を希望しており、自分はその先触れの使者だという報せが届けられた。
俺は迷わず、『お待ちしています』と返事を言付ける。
今日は特に予定もなかったので、グッドタイミングだ。
諸々の準備に取り掛かったのは、時計の針が十時を指した頃。我が家と廃聖堂を往復し、応対するにふさわしい場を整える。
すると、さほど時間を置かず。
廃聖堂に足を踏み入れたゴルドさんたちは、挨拶もそこそこに目を丸くしていた。
「急な来訪にもかかわらず、出迎えていただき感謝する……サクタロー殿、これはまた随分と質の良い卓と椅子が置いてあるようだが」
「変わった造形ですが、風合いが美しいですな」
ゴルドさんたちが真っ先に注目したのは、俺とサリアさんが協力して設置した木製のガーデンチェアセット。椅子と丸テーブルのどちらも折りたたみ式で、三セットほどネットで注文しておいた。
トータルでなかなかのお値段がしたけれど、反応は上々。準備した甲斐があるってものだ。
「ご足労いただき、ありがとうございます。こちらで茶を用意しますので、どうぞおかけください」
「なんと……過分なお心遣い痛み入る」
やたら恐縮するゴルドさんとケネトさんを中央のテーブルに案内してから、俺は手早くお茶の準備を整えていく。
彼らにはお世話になりっぱなしなので、今日はぜひご馳走させてほしい……とかいって、ティーバッグの紅茶なんだけどね。カップも白磁とはいえ千円以下のおまとめ品だ。こちらのテーブルには、カセットコンロと水を入れたヤカンを用意してある。
「ねぇねぇ。おじさんは、なんでここにいるの?」
「リリ、ごあいさつしなくちゃ! エマです、おはようございます!」
「うむ、挨拶ご苦労。我が名は、ゴルド・フィン・ベルトンである。童女らはいつも元気でよろしい」
並んで椅子に座るリリとエマが、隣のテーブルにつくゴルドさんに挨拶している。聞こえてくる会話がほのぼのしすぎていて、思わず笑みを浮かべてしまった。
ルルは、サリアさんに抱っこされながら頬を膨らませている。ちょっとおねむみたいで、ぐずり気味なのだ。俺のそばを離れたがらなかったけど、熱湯を使う間は危ないからね。どうにか納得してもらった。
ともあれ、抽出が完了した紅茶をゲストの前にサーブしていく。うちの子たちには、それぞれのコップにりんごジュースを注いで出しておいた。
「それでは、ご馳走になる……いやはや、もはやお手上げであるな。白磁の器程度では驚かぬと構えていたが、これほど香り高い茶を出されては堪らん」
「これほど上質な茶葉は、我が国の王族ですら容易には口にできぬ品でございましょう……先日頂戴したビールやカレーと同様、この世の物とは思えません」
ふっふっふ、狙い通り……どころか、予想以上の反応だ。
日本の品々で魅了し、ゴルドさんたちをガッツリ味方に引き込む――俺は先日そう決めたわけだが、実は現在もその作戦は継続中。
それゆえ、わざわざ紅茶を淹れたのだ。白磁のカップも安物ながら十分に興味を引いてくれている。ナイスチョイスだったな、俺。
ひとしきり香りを堪能したゲストたちは、今度は紅茶の味わいに目を見張っていた。生産技術の精度がまるで違うだろうから、当然の反応である。
ダメ押しに、花びらの形をしたデザインシュガーをカップに盛って差し出すと、あっけにとられたまま声すら出なくなった。
あれ、もしかしてやりすぎちゃいました?
まあ、自己アピールはこれで良しとしよう。中途半端よりは、突き抜けていたほうが相手にとってもわかりやすい。
「ところで、ゴルドさん。本日はこの茶葉を含め、他にも調味料などを多数持参してきているのですが……」
「全ていただきたいッ!」
まさに入れ食い状態。大きめのバッグに詰めて持ってきた調味料類はすべてお買い上げとなった。ついでにティーバッグの淹れ方を説明すると、『いくらでもほしい』と早くも追加注文を受ける。次回にたくさん持ってきますね。
精算は後ほど行う。なにせ、こちらも注文したものがあるから。
さて、商談がまとまったところで本題へ入ろう。
「ゴルドさん。そろそろ、お願いしていた『生命薬』などを拝見しても?」
「おお、そうであった。ケネトよ、持ってまいれ」
ゴルドさんの指示を受け、ケネトさんはそつなく動く。背後で待機していた配下の男性から木製の小箱を受け取り、テーブルの上でフタを開けてみせた。
中には陶器の薬筒が複数収められていた。柔らかな布が敷かれ、割れないよう仕切りで区切られている。
これらは、先日立ち寄った『ジグナール魔法具工房』の品だ。生命薬や浄瘴薬、擬態薬、毛髪薬などの詰め合わせである。代金はゴルドさんが建て替えてくれているから、先ほどの売上や未還元の余剰利益と相殺して精算となる。
生命薬や浄瘴薬の数は、俺と幼女たちの四人分。サリアさんは奴隷堕ちする前にちょうど飲んでいたらしいので、今回は見送った。
最初は試しに俺だけが飲むつもりだったけど、せっかくの機会だからとゴルドさんに進められ、追加で購入を決めたわけだが……かなりの金貨がふっ飛んだ。また稼がないとね。
それでは、ワクワクの服用タイムへ突入だ。
ゴルドさんたちに失礼かと思ったら、『飲むところに立ち会って安心したい』と逆に頼まれてしまった。
知人の健康を心配してくれるなんて、相変わらずいい人だ。近頃は彼の強面も愛嬌のひとつくらいに感じられてきた。
けれど、その前に……サリアさんからルルを引き取る。とうとうご機嫌ナナメになってしまったらしく、俺の方へ来ようとジタバタもがいていたのだ。
すると、エマとリリもコップを持って自然とこちらへ寄ってきたので、隣に椅子を用意して座らせてあげる。もはや恒例の流れで、懐かれていると実感できてつい頬が緩んでしまう。
「すみません、ゴルドさん。この子たちもご一緒させてもらいますね」
「押しかけたのはこちらなのだ、一向に構わぬ。子どもは自由に過ごすべきであろう。どれ、エマよ。私の膝に乗ってみぬか」
「あのぅ……わたし、ここがいいです……」
「そうであるか……」
俺の腕にしがみつきながら、エマが控えめにお誘いを断る。対面に座るゴルドさんは、見るからにしょぼんと悲しげだ。
なんか申し訳ない……とにかく、このいたたまれない空気を変えねば。
「じゃあ、さっそく飲んでみますね。あ、どれが生命薬かな?」
「こちらでございます。どうぞ、サクタロー殿」
ケネトさんが空気を読み、木箱から生命薬を取り出してくれた。
俺は手渡された陶器の薬筒を確認する。コルクで栓をされており、自然な色合いの蝋でしっかり固められていた。
開封方法に迷っていると、サリアさんがあっさりコルクを引き抜いてくれた。きゅぽん、と小気味良い音が廃聖堂に響く。
では、今度こそいただきます。
虹色ゲート由来の不思議感覚で、自分が飲んでも問題ないと理解している。よって、とくに抵抗もない。
実際に薬筒を傾け、ぐいっと中身を呷る。
無味無臭。まるで水のようだ――そう思いつつ液体をすべて嚥下した、次の瞬間。
「うわっ!? 体が!」
思わず、空いていた片腕を顔の前に持ち上げる。
突如、俺の肌の輪郭が淡い光を纏ったのだ。まるでサリアさんが魔法を使ったときのよう。驚愕のあまり、目を見開いたまま固まった。
しかし、それもほんの束の間。
光はたちまち消え去り、肉体は平常を取り戻す。
「……これで終わり?」
「問題がなければそんなものだ」
ゴルドさんたちには、初めて飲むと伝えてある。なので、遠慮なくサリアさんに尋ねてみれば、体に異常がなければこれで完了だと返事があった。
自分の状態を確かめる……お腹の奥がちょっとポカポカする程度だ。肩透かし感も否めないが、健康だったということなので安心ではある。少し間を空けて飲んだ浄瘴薬の方も似たような反応だった。
とにかく、次はうちの幼女たちの番だ。
俺は密かに緊張感を高めていた――もしかしたら、ルルの声が戻るかも。
生命薬と浄瘴薬にはランクが存在し、今回は在庫の都合で『中級』の物しか用意できなかった。もっとも、大抵はこれで回復するらしい。
ならば、ルルの不調が解消する可能性もゼロではない。俺の膝の上でくしくし目を擦るこの子の声が、ついに聞けるかもしれないのだ。
そんな期待を込めながら、サリアさんが栓を抜く様子を見守る。
廃聖堂に続けて三つ、開封音が響く。
薬筒のままでは飲みづらいだろうからと、それぞれのコップに移した。次いで、りんごジュースをパックから注ぐ。生命薬などを子どもに与える場合は、こうして混ぜて飲ませるのが一般的みたい。
間をおかず、エマたちはクピクピ喉を動かし、やはりその体がぼんやり光を纏う――収束後、まずは三人に異常がないか確認した。すると揃って小首を傾げ、よくわかっていない感じの表情を浮かべていた。この分なら、俺と一緒で問題なさそうだ。
それからしばしの沈黙を挟み、いよいよ緊張の瞬間が訪れる。
俺は固唾を呑みながら、懐にいるルルの顔を覗き込む。同時に、その青い瞳がこちらへ向けられた。
続いて、おもむろに口が開かれ――けぷっ、と小さなゲップがこぼれるのだった。
うーん……これ、結果はどうなのでしょうか?
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