第41話 掃除の続きと荒廃の理由
これが、魔法……俺が思っていたよりずっと幻想的な光景だ。
いったいどんな原理かはしらないが、サリアさんの全身が淡い輝きを放っている。まるで夢の国の夜のパレードでも見ているような心地だ。
「でも、服装がなあ……」
自分の足にひっつく幼女たちの獣耳を順番にふにふにしながら、ため息混じりに呟く。
サリアさんは誇張抜きにかなりの美人さんだし、煌めくグレーアッシュの長い髪も本当に綺麗で……けれど、よりによってグレーのスウェット姿って。袖とかにちょっと毛玉ついているし、足元はクロッグサンダルだし。
どうせなら、ピッカピカの鎧を装備している状態で見たかった。ラクスジットのお店に売っていたようなやつ。剣もあれば尚良し。コスプレ写真としてネットにアップしたら、即座にバズって大反響間違いなしだ。
「では、さっさと終わらせよう。まずは瓦礫をひとまとめにしてしまうぞ」
言って、かろうじて原型を保っている木製の長椅子を掴むサリアさん。
次いで、ひょいっと。あろうことか、そのまま片腕で軽々と持ち上げてしまう……嘘だろ!?
体格は俺のほうがいいけど、これは絶対にマネできない。確か、魔法で身体能力が強化されているんだっけ。納得というか、ただただ驚愕である。
「サリアは力もち!」
「すごい、すごいっ!」
エマとリリも大興奮。ルルだけはその黒い尻尾をゆったり揺らしながら、廃聖堂の前方――わずかに高くなった内陣で厳かに佇む、純白の女神像を眺めている。興味があるのかな?
とにかく、今は脅威の怪力を発揮するサリアさんである。
続けて彼女は、長椅子の底面を床に押し当てつつ足を動かし、ブルドーザーよろしく床の瓦礫を次々と隅へ押しやった。
以前、商談の際に少し片付けをしてくれていたのだが、ほんの十数分ほどで瓦礫がひとまとめにされる。最終的な処理は、ゴルドさんと再会した際にでも相談する予定だ。
「ていうか、サリアさんって魔法を使ったらどれくらい強いの?」
「何をいう、サクタロー殿。私がこのラクスジットで最強に決まっているだろ。この間の小悪党ども程度であれば、どれだけ束になろうと相手にすらならん」
ずっと気になっていた質問を口にすると、サリアさんは迷いなく自分が一番だと言い切った。
小悪党とは、先日のラクスジット観光で出会った例の薄汚い男性四人組だ。そんな連中であれば、百人いても楽勝だそうだ。
しかも彼女の魔法、ちょっと意識するだけで発動するらしい。ほぼ直感なのだとか。おまけに魔力で身体能力が常時底上げされており、まったく隙がないときた。
「まあ、サクタロー殿には分かりづらいかもしれんな。であれば、実際に見てもらうとしよう」
サリアさんは瓦礫の中から人の頭ほどある石材をつかみ取って、ぐっと拳を握り込み――ばくん、と派手に粉砕させる。
続けて、その場で跳躍。
壁を数度蹴って陽光の漏れる天井に軽々タッチし、音もなく着地する。
まるで現実感のない光景だ。多分、10メートル近く飛んでいたぞ。スピードも、目で追うのがやっとだった……もうほとんどバトルマンガとかアニメのキャラじゃないか。
「わあっ!? フェアリープリンセスみたい!」
「すっごい!? びょんって! ばーんって!」
これにはエマとリリも、両腕を挙げて大興奮。流石にルルもぽかんと口を開け、驚いているようだ。
サリアさんって、俺が思うよりずっとすごい人なのかも。これなら、最優の探索者って評判も頷ける。ただの食いしん坊じゃなかったんだな。
なんか、ちょっと安心した。あれで全然本気じゃないと言うし、もっと頼っても問題なさそうだ。
それはともかく、次は床掃除に取り掛かろう。
いったん我が家へ戻り、庭掃除用のホウキを持ってきた。幼女たちは、なぜか塗り絵帳とクレヨンをセットで持ってきていた。そうとう気に入ったのかな。
そして皆で会話を楽しみながら、ホコリや細かい廃材を集める。これもゴミ袋にまとめ、瓦礫と一緒に置いておく。
みんな進んでお手伝いしてくれたので、そう時間もかからなかった。
仕上げは、女神像の拭き掃除。ここからは分担作業だ。俺は背後を担当し、サリアさんと幼女たちには正面側を受け持ってもらう。
そうと決まればまたも我が家へいったん戻り、古くなったタオルをたくさん持ってきた。ついでに、お湯を張ったバケツも。洗浄液類は用意してないけど、不思議と元がキレイなので水拭きだけで十分だろう。
では、さっそく拭き掃除スタート。
女神像は結構な高さがあるので、手の届かない部分はサリアさんが担当してくれる。
そういえば、ここはなんで荒らされてしまったのだろうか。確か、女神ミレイシュ様を祀る聖堂なんだっけ?
神々が実在し、奇跡を起こすような世界だ。信仰心やらもあるだろうし、罰とか怖くなかったのかな……と、俺は神像を拭きながら疑問を口にした。
するとサリアさんが、すぐに答えを教えてくれる。
「まず、女神ミレイシュは獣人たちの祖とされている。当然、人の祖たる神も別にいる。しかもその二柱は、とても仲が悪い――そしてこの街を含め、カルデリア王国は人が治める領域だ」
元来カルデリア王国には人しか住んでいない。だが、このラクスジットだけは特別。迷宮が存在する影響で、人種問わず居住や活動が許されているのだとか。多くの獣人が生活しているのもそれが理由だ。
ちなみに、いま話題に上がった『人』とは、俺のようなごく一般的な外見をした人間を指している。
「要するに、獣人を見下している連中の仕業というわけだ。ラクスジットの貴族には、『人こそ至高の種族』と戯言を吐く連中もいる。大方、この聖堂を荒らしたのもそういった手合いだろう。なにか弱みにでもつけ込んだに違いない」
聖堂を荒らすなど、神罰を免れぬ所業である。しかし人の治めるカルデリア王国は別の神の勢力下にあり、女神ミレイシュの威光は及びにくい。事実、神の抜け道を作るだけに留まっている。
なお、ラクスジットの領主である公爵様は、この惨状を知らない可能性が高いという。
この街を管理するだけあってバランス感覚に優れた人物のようで、知っていれば放置するなどありえないとのこと。おそらく、情報工作している輩がいるのだろう。
とはいえ、現在はこの街に女神教の使節団が訪れている……とゴルドさんも言っていた。しばらくは迷宮に潜って出てこないようだが、いずれ問題となることは確実。
こちらとしては、その前に是が非でも廃聖堂の権利を確保せねば。
「そもそも、今は人間の時代。何より、神に期待しすぎるのは良くない。天上から見れば、我らの生命などそこらの虫ケラとそう変わらんのだから」
ある日、庭の水たまりで藻掻くアリを見つけた。なんとなく哀れに思えて、落ち葉を与えて救った。けれどその翌日は、巣穴へ水が流れ込んでいても気にもとめない――異世界の神々にとって、大半の人間はその程度の存在でしかないらしい。
実際のところ、神を敬っても信奉している者は少ないという。人間が自らの知恵でもって道を切り開く、そんな時代にあるようだ。
「もうすぐ迷宮以外で神の存在を感じられなくなる、そんな説を唱える学者もいる」
探索者ギルドで前にそんな話を聞かされた、とサリアさんは説明を締めくくった。
なるほどね、複雑な事情があるのは理解した。それでも、エマたちを救ってくれたことに変わりはない。
たとえ気まぐれでも心から感謝だな。この廃聖堂にまつわることだから、きっと女神ミレイシュ様の御業に違いない。何かお供え物でもしないとね。
俺は感謝を胸に抱きながら、せっせと汚れを落としていく。
そして、あらかた綺麗になったところで正面へ回り、思わず目を丸くする――幼女たちがクレヨンを片手に、女神像に色をぬりたくっていたのだ。
「やけに静かだと思ったら……三人とも、上手に塗れているね?」
「えへへ、がんばってキレイにします!」
「ミレイシュさまも、カワイイとうれしいでしょ!」
素敵な笑顔で答えてくれるエマとリリ。ルルも、まるで職人のような真剣さで手を動かし続けている。
純白の女神像と塗り絵、ちょっと似てるもんなあ……ごめんなさい、ミレイシュ様。すぐに綺麗にしてお供え物をしますから、どうかお許しください。
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