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第24話 ビールと秋の夜長の語らい

「この家にあるものは、どれもこれも不思議だ……まるで神々の住まう世界だな」


 そう言ってぐいっとグラスを煽り、冷えたビールを喉に流し込むサリアさん。


 現在の時刻は夜の九時すぎ。獣耳幼女たちが三人揃って夢の中へ旅立つのを見届けた俺は、少しだけ晩酌を楽しもうと、キッチンへこっそり移動しようとした。ゴロツキに襲われかけたこともあって、気分転換に軽く飲みたくなったのだ。


 すると、同じくリビングに敷いた布団でゴロ寝していたサリアさんが、「どこへいくのだ」と起き上がった。さらに俺が酒の話をしたら、「私にも飲ませろ」とせがんできた。


 まだ『十八歳』だと聞いていたので、最初は当然断った。しかし異世界では、子どもでも酒を飲むらしい。ダメ押しに「自分は大人だ」と強く迫られ、つい頷いてしまった。


 その結果、こうして共にキッチンのテーブルにつく流れとなった。秋口の涼やかな夜に飲むビール、実に風情がある。


 ちなみに、サリアさんにはグレーのスウェット上下を着てもらっている……美人ながら眼光の鋭さも相まって、深夜のドンキ・ホーテにいそうな感じだな。こうなると、黒い『隷属の首輪』も逆にフィットして見える。


「神だなんて大げさな。サリアさんにとっては珍しいかもだけど、日本じゃこれが普通だよ」


「いや、このエール……ビールだったか? これなど、まさしく天にも昇る飲み心地だ。舌と喉にくる強い刺激がたまらん」


 またグラスをくいっとやり、満足そうに腰の尻尾を揺らすサリアさん。


 どうやら、冷えたビールがいたく気に入ったらしい。他にも、昼下がりに食べたバターロールやコーンポタージュ、夕食で出した『照り焼きチキン』などを気に入っていた。


 俺の手料理を喜んでくれて光栄だ……が、ひとつ困ったことがある。

 彼女、めちゃくちゃ食べるのだ。唯一感想が微妙だった白米ですら、ひとりで四合以上を平らげてしまった。おかげで、我が家のエンゲル係数はバク上がり濃厚である。


「本当に素晴らしい……こちらの世界には、他にもたくさん美味なるものがあるのだろう? いずれ、各地を歩いて回ってみたいものだ。楽しみで仕方がない」


「今度いろいろ連れて行くよ。でも先に、そっちの世界の街の案内をお願いね」


 俺もビールに口をつけ、言葉を返す。

 どちらも、互いの生まれた世界について興味津々だ――そう。サリアさんには、夕食時にこちらの事情を詳らかにしておいた。


 謎の地下通路を知られてしまっているうえに、我が家までお招きしている。ならば、ごまかすよりも正直に打ち明け、ガッチリ味方に引き込んでしまう方が得策だろう。娯楽や美食の豊富さにも自信があったからね。俺の口調の変更もそのときだ。


 そして、目論見はまんまと成功。

 サリアさんは、もうこちらの世界に首ったけである。


 それにしても……肝が座っているな。家電やら風呂などの生活設備に驚きはするものの、ここが異世界と聞いても彼女は動揺などせず、すんなり説明を受け入れてしまった。


 俺が予想していた反応とはだいぶ違ったので、ずっと気になっていた。そこで率直に尋ねてみれば、「迷宮で慣れている」との答えが返ってくる。


「私が生業としていた探索者は、迷宮に潜って魔石や価値のある産物を持ち帰ることが本懐だ。そして肝心の迷宮は、異世界が幾重にも連なって構築されている」


 サリアさんはかく語る。

 迷宮は階層ごとにまったく異なる表情を見せるものだ、と。


 岩窟のような階のすぐ下に、突然緑豊かな草原が広がっていたりする。さらには、森林、渓谷、雪山、火山、川、海――ありとあらゆる自然環境の特徴を有する階層が存在している。極めつけに、空には本物と見紛うばかりの太陽が輝き、夜になれば月と星々が瞬く。


「地下空間であるはずなのに多様な環境が探索者を翻弄し、昼夜まで存在する――これすなわち、幾多の世界が織り成す連鎖の証左。であれば、サクタロー殿の住まう別の世界のひとつくらい不思議でもなんでもない」


 なるほど……なんかゲームみたいな話だ。

 ともあれ、サリアさん物知りですね。しかも、なんか説明が堂に入っているというか、説得力があるというか。


「探索者の登録をするとき、迷宮の成り立ちについて覚えさせられるのだ。あれ自体、神の創造物だからな。敬意を払う意味があるらしい」


「神の創造物……?」


「うむ。混沌を司る『女神カリュミア』が創り出したそうだ。まあ、知っていたところで何の役にも立たないが」


 異世界には、本当に神々が存在するという。紆余曲折あって今は天の国に住まい、それぞれがけっこう好き勝手に暮らしているのだとか。


 またその存在を裏付ける奇跡が、世界各地に数多く現存している。迷宮はその最たる例で、我が家に現れた謎の地下通路もその可能性が高いみたい。


「あの虹の輝きを湛える膜は、『神の抜け道』で間違いあるまい。その筋の者が見ればハッキリするだろう」


 どうやら、あの虹色ゲートは神の奇跡によって作られたものでほぼ確定らしい。

 その筋の者、というのは神託を受けられる特別な信徒を指しているようで、サリアさんの知り合いにもひとりいるそうだ。


 そうか、神様がいるのかあ……いや、言われてみれば確かに納得だけども。

 なんだか、ますます話がゲームじみてきた。あと、ちょっと怖い。なぜ我が家と異世界を繋げたのかは不明だが、とりあえず神の怒りを買わないよう祈っておこう。


 ビールにまた口を付けてから、俺は両手を組む。

 と、そのとき。

 トトトっ、と。


「わ!? ルルか。起きちゃったの?」


 軽快な足音と共に、猫柄のパジャマを着たルルがこちらへ小走りにやって来る。

 どうやら目が覚めてしまったらしい。そのまま俺の足元にたどり着くなり、今度は膝の上へよじ登ってくる。


 甘えてくれているかと思うと嬉しさが込み上げてきて、つい抱きしめてしまう……けれど、すぐに狙いは別にあると判明する。


 それというのも、ルルはテーブルの上のグラスを指さし、物欲しそうな目で見上げてきたのだ。

 言葉がなくてもわかるよ、ビールを飲んでみたいんだね。


「でも、ダメ。これは大人になってから」


 俺がグラスを遠ざけると、ムッと頬を膨らませながら黒く細長い尻尾を腕に巻き付けてくる。こういった仕草も可愛らしくて仕方がない。

 とはいえ、流石にビールは飲ませないけどね。


「代わりに、りんごジュースでも飲む? ただし、またあとで歯みがきするからね。約束できる?」


 うん、と声は発さなくとも元気よく頷くルルである。

 これ、嘘だな。エマとリリもそうだが、うちの獣耳幼女たちは歯磨きがあまり好きじゃない。特にルルは、洗面所から脱走しようとするほどだ。


 それなのに、この清々しいくらい迷いのない首肯……ジュースだけ飲んで、どうにか逃げおおせるつもりだろう。


「じゃあ、ジュース飲んだら俺がちゃんと歯磨きしてあげるからね」


 案の定、ルルは大きく目を泳がせる。

 キミは本当に態度に出やすいね。言葉なんて必要ないくらいだ。


 こうして、その夜は途中で話を打ち切ることになった。知りたい情報はまだ山程あったが、また明日以降に持ち越しだ。


 もちろん、ジュースだけ飲んで布団に潜り込もうとしたルルを捕獲して……その騒ぎでエマとリリも目を覚ましてしまい、『ひとりだけジュース飲んでズルい!』と騒ぎ出したのでご要望にお応えし、最後に皆で歯磨きをして眠りについた。


 なお、俺もリビングで一緒に就寝した。

 サリアさんが加わった今夜からは自室で眠るべきかと思ったが、本人が「気にするな。迷宮でゴロ寝は慣れている」と申し出てくれたのだ。


 それにエマたちが寂しがったので、お言葉に甘えさせてもらった。当然、敷いた布団の反対側に陣取ったけれども。


 そして、翌日。

 朝早く起床した俺たちは、『異世界の街・ラクスジット』の観光へ出かける準備をした。

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― 新着の感想 ―
楽しくって一気に全話読んでしまいました。 続きが楽しみです。(´・ω・`)
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