第23話 帰宅と団らんのひととき
結局のところ持ち込んだ日本の品々は、今回もゴルドさんがすべて買い取ってくれた。例によって、スーツケースごと。
おかげで、現地通貨のリベルトリア金貨も100枚ほどにまで回復した。しかも、また過剰な利益分の還元を約束してもらっている。適正価格が判然としないらしい。
ヴァルドさんも奴隷商という職業柄か、衣服に強い興味を持っていた。次は彼向けに色々と持ち込んでみるのもいいかもしれない。
ほどなく商談は滞りなく終わり、速やかに解散となった。元・最優の探索者にして無双の餓狼が護衛につくのであれば安全に問題はないと、ゴルドさんとケネトさんは肩を撫で下ろしていた。
もっとも、この誠実な商人コンビとはまた数日後に再会の約束をしている。廃聖堂の地代に関する話が宙ぶらりんのままだ。
「サクタロー殿、これは……」
「……逆に聞きたいです。サリアさんは、これが何かわかります?」
そして現在、俺は謎の地下通路で揺らめく虹色ゲートの前に立っていた。うちの幼女たちと、飾り気のない貫頭衣を着たサリアさんも一緒だ……本当は見せるつもりなかったんだけどなあ。
もともとサリアさんには、廃聖堂の外の警戒を任せるつもりでいた。破落戸どもが近寄らないように目を光らせてもらい、落ち着くまでは宿泊用のポップアップテントなどを廃聖堂内に設置する計画だった。クッションとかも用意してあった。
だが、改めて具体的な護衛プランを話し合う段階になり、「エマたちはどこで待機していたのか?」と尋ねられた。
そこで俺は、とりあえず苦笑いでやり過ごそうとして……ところが、抱っこしていたルルが素直に、謎の地下通路に続く小部屋を指さしてしまったのだ。ほぼ同時に、リリも「あっち!」と元気よく返事をしてしまった。
完全に俺のミスだ。すぐにダンボールなどで穴を偽装する予定だったので、幼女たちには口止めしていなかったし、よしんばできていても秘匿するのは難しかっただろう。最初から考えが足りなかった。
そのうえ「建物の全容がわからないと護衛に支障が出る」とサリアさんに論破され、こうして秘密を開示する流れとなったのである。
「何かと問われれば……おそらく、『神の抜け道』ではないだろうか」
そう言ったサリアさんは、女性にしては高めの体躯を屈めたりしながら全体の観察を始めた。
彼女のグレーアッシュの長い髪が揺れ、同色の瞳が興味深げに辺りを見回している。それに合わせ、同じ色合いの被毛に包まれた獣耳と尻尾が忙しなく動く。
そうとう驚いている様子だが、無理もない。俺も初めて見たときは度肝を抜かれた……そういえば、ここを通過するとやけに気持ちが落ち着くんだよな。なにか、魔法的なエッセンスが作用していたりして。
というか、気になるワードがあったので、俺は思わず疑問を口にした。
「その『神の抜け道』って有名なんですか? エマが前に言っていたような……」
たしか、ケネトさんと初めて出会った日のことだったか。異世界サイドへ移動すべく虹色ゲートを通過する前に、エマがポツリと呟いたのだ。
あのときは有耶無耶に済ませてしまったが、サリアさんまでがその名称を口にするとなれば、何かしら由縁のある単語なのだろう。
とはいえ、神の抜け道とやらの真相については後回しだ。
「サクタロー、はやくおウチもどろー」
「そうだね……いや、その前に確認しなきゃいけないことがあるんだ」
俺の右手をブラブラやり、帰宅をせがむリリ。反対の腕をしっかり掴むエマが「わがままいわないの!」と注意しているが、ルルもズボンを引っ張って早く行こうとアピールしている。
こちらもご要望に応えたいのはやまやまだ……けれど、サリアさんってこの虹色ゲートを通過できるのだろうか?
「ふむ、この先がサクタロー殿の居館というわけか。ならば、進もう――ぷべっ!?」
あ、ダメだった……威勢よく踏み出したサリアさんだったが、虹色ゲートに真正面から阻まれる。まるで壁に激突したみたいだ。
先に進んでいたリリが、「サリアおかしー!」と笑い声を上げた。エマとルルは、何をしているのかと訝しげな視線を送っている。
「おのれ、この私の歩みを妨げるとは! たとえ神の奇跡であろうと許さんぞ! 無双の餓狼を舐めるな――ぶぼっ!?」
今度は助走を取って、駆け足で挑むサリアさん。しかしまたしても勢いよく虹色ゲートに激突し、ズルズルと崩れ落ちていった。かなり痛そうだし、脳筋がすぎる。
うーん、やっぱり通れないか。不思議とそんな気がしていたんだよなあ。
さて、どうするか……と、俺が腕組みをしたそのとき。
鼻を押さえながら立ち上がろうとするサリアさんのもとへ、ルルがトテトテと小さな足音を響かせながら駆け寄った。次いで優しく手を引き、二人は並んで歩き出す。
その直後、スルリ――不動の壁のように立ちはだかっていた虹色のゲートをあっさり通過した。
「……ふん。この程度、私にかかれば造作もない」
虹色ゲートを睨みつけ、鼻を鳴らして勝ち誇るサリアさん。その足元に立ち、冷ややかな視線を向けるルル。まさに『なに言ってんだコイツ』状態。すかさずスマホを取り出し、パシャリと記念撮影しておいた。
それはそうと、どうして通過できたのだろう……その後、ちょっと実験してみればすぐに答えは判明した。
「どうやら、サクタロー殿やエマたちに誘われている場合のみ通過できるようだ」
サリアさんが口にしたように、俺かうちの幼女たち、いずれかの体に触れている状態であれば虹色ゲートを通過できるようだった。
正直、かなり安心した。他人が勝手に通行できないというのは大きなメリットだ。確実ではないものの、防犯レベルが格段に向上したことは間違いない。
「ほう、ここがサクタロー殿の居館か……いささか手狭だが、珍妙な物が目立つな。これはなんだ?」
謎の地下通路を抜け、我が家の納戸に到着した。するとサリアさんが、棚の上に置いてあった電動バリカンを手に取り、不思議そうに検分しながら尋ねてくる。
俺が昔使っていたものだ。一時期、ヘアスタイルをツーブロックショートにしていた。それで当時、サイドの長さにはけっこう気を使っていたのだ。
「サリアさん、それ危ないんで」
「む? 武器の類いか」
いえ、間違ってアナタのキレイな御髪を刈ってしまっては大変なので。
バリカンを回収して棚に戻し、廊下へ続く扉を開ける。その途端、エマたちが楽しげな声をあげて駆け出していった。
向かう先はリビング。
俺もサリアさんを伴い、ゆっくり後を追う。
「サクタロー、あのスープちょうだい!」
「わたし、パンもってくる!」
リビングへ足を踏み入れるなり、リリとエマの張り切った声が飛んできた。ルルは、テーブルの周りにクッションを置いて回っている。
どうしたのかと問いかければ、サリアさんの歓迎会をしたいのだという。その準備に必要なのが、バターロールとコーンポタージュらしい。
エマたちが我が家で最初に口にした食べ物なのだが、どうやらお祝いの食材として認識されているようだ。思わず感極まり、三人を順に抱き上げて獣耳ごと頭を撫で回してしまった。
そんなわけで、盛大に戸惑うサリアさんの質問はいったん後回し。
時間もとっくに昼を過ぎていたので、遅めのランチを兼ねた歓迎会に突入した。
メニューはもちろん、バターロールとコーンポタージュ。他には、幼女たちお気に入りのいちごジャムとりんごジュースを用意した。
そして、各自席について賑やかに食事を始め――いつしかサリアさんは、幼女たちと一緒にテレビへ熱い視線を送っていた。食べ終わったルルが電源を入れたのだ。
画面に映し出されているのは、やはりフェアリープリンセス。魔法少女は、最優の探索者にして無双の餓狼と呼ばれた強者さえも魅了するのである。
「くっ、危ないッ! おのれ悪党、この私があそこにいさえすれば……!」
「サリア、プリンセスたちを助けてくれる……?」
「任せろ、エマ! サクタロー殿、少々行って参る!」
行かなくていいから。そのまま座ってテレビ見てなさいね……多くの疑問を抱えていたはずのサリアさんだが、今は頭にないようだ。それに、そうとう熱くなりやすいタチらしい。ギャンブルで奴隷堕ちしただけはある。
ともあれ、異世界と繋がった我が家に新しい仲間が加わった。
あ、そうだ。近いうち、サリアさんに異世界の街でも案内してもらおうかな。実は、ずっと観光に行きたいと思っていたのだ。
とりあえず今は、気になる質問や護衛に関する方針をまとめておこう――アニメに熱中する皆を微笑ましく思いながら、俺はスマホのメモ帳アプリを立ち上げるのだった。
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