第20話 獣人の娘サリア
カウンター気味に飛び出してきた驚きの提案。
俺の知る奴隷制度とは、野蛮で忌むべき社会システムである。あまりにイメージが悪すぎて容認しがたい……正直、ドン引きだ。
「サクタロー殿、どうかご安心を。モグリではなく、きちんと国から許可を得た奴隷商を手配いたしますので」
渋面を作る俺の心情を察してか、ケネトさんが続けて補足を入る……けれど、安心材料は何ひとつ見あたらない。
しかし、ゴルドさんも賛成の様子。
「それがいい。正規の商人であれば品質は保証される。『隷属の首輪』によって行動を制限できるゆえ、裏切りの防止や秘密保持にも適している。サクタロー殿の要望にうってつけだ」
正規がどうの以前に、『隷属の首輪』が気にかかり詳細をそれとなく尋ねてみたところ、装着者の行動を魔法的なエッセンスによって制御する道具(意訳)、と教えられた。大昔に迷宮から発掘された『神器』をデチューンした製品だそうだ。
神器、迷宮……気になるワードがもりだくさん。また異世界には『魔法』が存在するようで、これは特に注目すべき情報となった。
いや、別に今さらか。なにせここは、謎の地下通路と神秘的な虹色ゲートをくぐった先にある不思議ワールドなのだ。むしろ魔法のひとつくらいなくちゃ夢がない。
それはさておき、多数決ならここは奴隷採用となる流れ。だが、決定権を持つ者が難色を示しているうちは話が進まない。
首を縦に振らない俺を説得すべく、異世界の商人ペアはさらに詳細な解説を加える。
「我が国では、奴隷といえども『自らの生命を守るための権利』を与えられています」
ケネトさん曰く、むやみに虐げれば処罰の対象となる恐れがある、とのこと。
奴隷にも一定の人権が認められており、あまりにも扱いが悪ければ主人を訴えることが可能らしい。
罪が認められた場合、しかるべき機関より是正勧告やペナルティを下される。表向きは、貴賤を問わず量刑が決められるらしい。
「そもそも正規の奴隷とは、少なくない費用をかけて手に入れる貴重な労働力です。よって財産的価値を持ち、進んで痛めつけるような主人はめったにおりません」
そうか……異世界の文明レベルからすれば、オートメーションなんて夢のまた夢。何をするにもマンパワーを必要とし、使い勝手のいい奴隷は社会機能を維持するためにも必要不可欠なパーツなのだ。言い方は悪いが、高級家電のような扱いなのだろう。
「確かに、他国ではいまだに奴隷を虐げる風習が残る地域もございます。慈悲深いサクタロー殿が懸念を抱くのもムリはありません。しかし、その扱いは主人の裁量次第。であれば、厚く遇しても何ら差し支えはございません」
慈悲深いかどうかはさておき、後半の指摘はごもっとも。
奴隷という単語の放つインパクトによって負の印象だけが強調されていたが、別に『奴隷を厚遇してはならない』なんて決まりはない。
ものすごくポジティブに捉えれば、ある種の派遣社員として解釈できる。だとすると、雇うことになんの問題もないのでは?
「そうですね……可能でしたら一度、奴隷の方々を拝見することはできますか?」
百聞は一見にしかず。会ってみて、不都合がないようなら採用すればいい。あまりに悲壮感や絶望感が強く漂っているようならば、その時は改めて断りを入れよう。
「お任せあれ。懇意にしている商会があるので、すぐにでも使いを送ろう。ケネト、『ヴァルド殿』へ伝言を頼む」
「承知しました。至急お呼びしてまいりますので、四半刻ほどお時間をちょうだいします」
俺が折れてからはスムーズに進展する。
雑談を交えつつ、色々とゴルドさんに話を伺うこと30分ほど――数人の護衛と共に慌ただしく廃聖堂を飛びだしたケネトさんが、ぞろぞろと人を引き連れて戻ってくる。
さらに、とりわけ華美な衣服を纏う人物がこちらへ進み出て、慇懃に頭をさげた。
「お初にお目にかかります。私は、『ヴァルド・オーソン』と申します。この街で一番の奴隷商を自負しております」
自己紹介を交わしたヴァルド・オーソンと名乗る男は、好々爺のような風貌をしていた。
背は低く、体つきはややぽっちゃり。頭の白髪はきっちりと撫でつけられ、眼尻の皺が柔らかな笑みを形作っている。鼻の下のひげは丁寧に手入れされており、清潔感を漂わせていた。
この街には迷宮がある影響で奴隷が発生しやすいそうだ……メカニズムは不明である。
それで目の前にいるこの好々爺めいた御仁が、もっとも手広く奴隷を扱っているのだとか。
「私のことは、お気軽に『ヴァルド』とお呼びください。それではお急ぎとのことですので、早速ながらご希望をお聞かせ願えますか? 必ずやご期待に応えてみせましょう」
ヴァルドさんは、ゴルドさんの隣に腰を下ろす。続けて、雑談もそこそこに本題へと入った。
ご希望ね……この廃聖堂の周辺を護衛できること、秘密を守れること、ある程度の教養に加えてこの街や国の事情に明るいこと。何より大事なうちの幼女たちとの相性を考えると、女性の方がいいかもしれない。
「とはいえ、そんな都合のいい人材なんて……」
「残念ながらおりませぬ――と申すでしょうなあ、並の奴隷商であれば。しかし私は、このラクスジットで一番の奴隷商でございますれば」
「ということは……?」
「ええ、サクタロー殿。今すぐにご用意してみせましょう! 誰か、荷車からあの者をここへ連れて参れ!」
ヴァルドさんが威勢よく合図を出すと、お連れの人員によって一人の女性が目の前へ連れてこられる。
飾り気のない貫頭衣をまとっているにもかかわらず、とんでもなく美しい……顔立ちは完璧すぎるほどに整っており、どこか浮世離れした空気を纏っている。
グレーアッシュの長い髪と、同じ色の瞳がひときわ強い存在感を放つ。高めの身長に、しなやかで伸びやかな四肢。スタイルも抜群で、世界のトップモデルもかくやである。
とりわけ目を引くのは、頭の上でぴくぴくと動く獣耳。先の尖ったその形は、どこか狼っぽさを感じさせる。腰の背後では、やはり同色のふさふさ尻尾が静かに揺れていた。
年齢は、外見から判断するに二十歳前後といったところ。
ややあって衝撃を受ける俺をよそに、ヴァルドさんが堂々たる口上を述べる。
「この者の名は、サリア・グレイファング――この迷宮都市ラクスジットにおいて、かつて『最優』にして『無双の餓狼』と称された獣人の娘にございます」
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