【人の不幸を笑うのは、カッコ悪いことだ】
エルストリン・カレッジでは、実技の授業も重要視されている。「知識だけでは役に立たない。知識を活かす方法を知るのは大事だ」という学園長の方針があってのことだ。
たとえば「紅」クラスでは、木剣を使っての模擬戦闘の授業。「橙」クラスでは、街へ繰り出しての課外授業であるとかそういった感じに。
また、すべてのクラスで必ず行われているのが、魔法を使った体育の授業だ。今日の「蒼」クラスの授業は、バスケットボールだ。
とは言っても、普通のバスケットボールではない。バスケットボールに風属性の魔法を組み合わせて行う。ボールを、風属性の魔法で浮かせた状態でパスを回していくのだ。
「プレア! ゴール前に移動して!」
「任せて!」
ゴール下ではプレアがボールを待ち構えている。ボールに直接触れることなく、魔法ですべてコントロールするのだ。ボールを奪おうと手を伸ばしてきた相手から、気流を操作することでボールを急減速させて逃れる。そこからボールを床スレスレの高度まで下げると、相手の股下をくぐらせてかわした。
「あっ」
その隙に私はその子の脇を突破する。
ボールを手元に手繰ったところで、また別の子が肉薄してくる。
今度はボールを急上昇させて、頭の上をループさせてかわす。
ボールを押し出すようにして、プレアにパスを出した。
「頼んだよ!」
一閃。
魔法で加速したボールを、空中でジャンプしてプレアはキャッチする。殺到してきた二人のマークを、鮮やかなターンでプレアはかわすと、すかさずシュート。
放物線を描いたボールは、まっすぐゴールのリングに吸い込まれた。
「ナイスシュート! プレア!」
「ナイスアシスト! レイチェル!」
二人でハイタッチを交わす。
私に抜かされた子が、歯がみしているのが見えた。
魔法のコントロール力でも、身体能力でも、私とプレアに一日の長がある。
試合は終始私たちのチームが優勢で進んだ。
ボールを持ったプレアがゴールに肉薄する。シュートをするために一歩踏み込んだ。しかし、軸足のつま先はゴールに向いていない。これは、フェイントをするときに彼女が無意識にする癖だ。
パスがくると読んで私もゴール前に詰める。
手を出したところにまっすぐパスがきて、さながら流れ作業のようにレイアップでのシュートを決めた。
流れが変わったのは、インターバルを挟んで後半に入ってからだ。
プレアからパスを受けた瞬間、背中から強く押された。ボールを奪おうとした相手が、激しくタックルしてきたのだ。
あまりの勢いに、堪えきれずに床に倒れてしまった。
「卑怯だよ!」
プレアが憤りの声を上げた。反則を告げるホイッスルが鳴って、隣のコートで体育をしている男子の視線がこちらに集中した。
「あら、ごめんなさいね。あなたの動きがトロすぎて、避けきれずにぶつかってしまったわ」
体を起こしながらぶつかってきた相手の顔を見る。それは、この間の実験のときに、私と揉めたあの女の子だった。
「気にしないで、がんばろ」
「うん」
プレアの声に、頷いた。
反則をひとつ取られても、彼女の妨害は止まらない。あとひとつ反則があれば退場になるのだが、そんなものはお構いなしのようだ。その後も反則すれすれの荒々しいプレーを何度も仕掛けられた。
好き放題やりやがって……!
なりふり構わない妨害行為にこちらのチームメイトが萎縮したのもあって、戦況が次第に相手チームに傾く。
「レイチェル!」
味方からのパスを受けた直後、右足に痛みを感じた。
「いたッ」
右足が動かない。交錯したときに、その女子に思い切り足を踏まれていたのだ。
たまらず転倒する。同時に、右の足首にさっきよりさらに強い痛みが走った。
「……あ……うぐっ……」
骨にまで響いている感じがする。背中を丸めてうずくまる。右足に触れると、じくじくとした、熱をともなった痛みがあった。少し腫れている気もする。
どうやら、転んだときにくじいてしまったようだ。
「その足じゃ無理だよ! 先生!」
プレアの声に応えて、リアンダー先生が私の側にくる。足首の状態を見て、「誰かレイチェルを保健室に連れていってくれないか?」と周囲に呼びかけた。
「私が」と手を上げかけたプレアを制して、声をかけてきた人物がいた。
「僕が、連れていきます」
それは、図書館でボヤ騒ぎがあったあの日、私を助けてくれたあの少年だった。
私の前で屈みこみ、「立てるか?」と彼が言う。頷いて立ち上がろうとしたが、右足に体重をかけたとたん、激痛がしてよろめいた。
「無理かも……」
少年が私の肩を支えた。
「すまない。よろしく頼むよ」
先生の声に少年が頷いた。
さっきの女が、ふ、と小ばかにしたように笑みを浮かべた。少年が彼女の顔をきっと睨んだ。
「な、なによ」
気圧されたように彼女が視線をそらした。
「人の不幸を笑うのは、カッコ悪いことだ。それがカッコ悪いことだと気づけないのは、さらにカッコ悪いことだ」
彼女の顔が、真っ赤になった。